六、本尊を明らかにする

1,念仏者の危機と転機(二章を中心として)

大谷専修学院 竹中智秀院長 【歎異抄講義】⑯

念仏者が曖昧にできない問題として、①財 ②神道 ③触穢 ④霊 の問題を具体的に見てきた。その時それらの問題の根に、共同体信仰として機能する国家神道(天皇制)の問題があることを見ることができた。この問題は我々に対して、1,日本人としての念仏者なのか(天皇の赤子)、2,念仏者としての日本人なのか(阿弥陀の一子地)を問うことにもなっている。その時、日本人としての念仏者となっていくのなら、そこには念仏者としての堕落の危機があり、念仏者としての日本人となっていくのなら、そこには国家権力なり日本人そのものから問題視される危機がある。(アカ=危険思想)

いずれにしても、念仏者として生きようとする限り、そういう二重の危機(法難)が起きてくる。それはこれまでも事実起きたことだし、これからも起きることである。親鸞聖人もそうであったが、蓮如上人もそのことを体験しながら苦労されている。

真宗門徒は、今でも還骨勤行のとき『白骨の御文』を拝読している。この「御文」は蓮如上人が、承元の法難の時、念仏者を死罪にし、流罪にし、吉水教団を解散させた後鳥羽上皇が作られた『無常講式』によって作られている。
上皇はまた、鎌倉幕府と対立し承久の乱では隠岐に流され、その地で死去されている。その晩年『無常講式』を作り、その中で上皇は、①この身は無常の身であり ②煩悩の身である、そのことを告白し、さらに、③契(ちぎ)りても、なお契るべきは菩薩聖聚(ぼさつしょうじゅう)の友(念仏者)とし、④憑(たの)みても、なお憑むべきは弥陀の本誓の助けなり と讃嘆されている。

このことは後鳥羽上皇が、念仏者となって一生を終わられた事を示している。蓮如上人は、『無常講式』を通してその事実を見届けられていたし、真宗門徒は『白骨の御文』を通して、かつてはその事実を知っていた。なぜ念仏を誹謗し、念仏者を迫害した上皇が念仏者となることが出来たのか。

事実は『法然上人絵伝』を見ると、建永2年2月9日に未曾有の事件が起きている。それは安楽房たちが宮中において、後鳥羽上皇から念仏のことで直接追及されたことである。そのとき安楽房は、上皇に対し善導の『法事讃』の文を取り上げて、「念仏を誹ったり、念仏者を迫害する者は生盲闡堤(しょうもうせんだい)である。永遠に助からない。だから回心懺悔して念仏者となって欲しい」と深い願いを込めて呼びかけている。そのことが上皇を怒らせ、安楽房は直ちに斬首されている。承元の法難はその直後に起きることになる。安楽房の、この命懸けの念仏相続の事実が、後に上皇が念仏者となられる強縁となっている。

我々は如来の本願を聞き、善悪浄穢をえらばぬ本願の心に真実を見、その本願の心によって荘厳(しょうごん)される浄土に真実を見て、我々自身もその本願に帰して念仏者となり、浄土に生まれたいと願う。しかしそう願うことになってはじめて、我々が生活している世間が、また我々自身がいかに善悪浄穢をえらんでいるか、またそのことにどう関わるかによって我々の生活権までが左右されることを思い知らされることになる。

そういう中で、「如来の本願は真実であるけれども、しかし世間ではこの本願を信じていては、とても生活はできないだろう」と思い始める。そのため本願を疑う心が深まり、重大な転機が訪れて来ることになる。この時誰でも、①本願を捨てることになるか、それとも、②本願を疑うその罪の深さを善知識より思い知らされて、本願を信ずる信心をより堅固にしていくか、その岐路に立つ。これは三願転入の問題でもある。

実は、この問題に応えて説かれているのが『阿弥陀経』である。『阿弥陀経』は、「一切諸仏所護念経」とも言われている。諸仏たちが我々の信心を護念するために、本願の真実を、その浄土の真実を証誠(しょうじょう)しながら勧信されている。その経の最後は、

聞仏所説 歓喜信受 作礼而去  
(仏の所説を聞きたまえて、歓喜し、信受して、礼を作して去りにき。)

と転機にある者が、その疑いを除かれて歓喜して世間のただ中へと立ち帰っていくことになっている。

実は安楽房は、『法事讃』のここの所を読み上げて上皇に念仏相続したのである、親鸞聖人もその弟子たちも、また蓮如上人もこの転機を何回となく体験されている。それは誰においても同じ事である。その時、我々の力ではその転機を乗り越えられない。ただ諸仏善知識を憶念することにより、諸仏善知識の護念によってのみ越えられる。

その諸仏の護念とは、法然上人が、①「この法の弘通は、人とどめんとすとも、法さらにとどまるべからず」と言い切り、②「我 たとい死刑に行わるるとも、このこと(念仏)言わざればあるべからず」と言い切られている、この二つのことに尽きている。それは本願念仏の仏法に対する突き抜けた信頼である。それと同時に、誰でも真実に生きたいと願っているものであると信頼しきることである。さらにその念仏を命懸けで相続された諸仏たちがおられる歴史的事実について、相続された諸仏たちがおられる歴史的事実についての深い信頼である。

蓮如上人は、後鳥羽上皇が一人の凡夫として念仏者になられた事をもって、上皇が本願念仏の仏法の真実をよく証明されている諸仏として見出されている。門徒も同じである。このことが念仏者にも勇気を与えている。この歴史的事実をまずよく知っておいてほしい。

《平成6年(1994年)10月11日》

2,なぜ念仏が必要なのか

大谷専修学院 竹中智秀院長 【歎異抄講義】⑰

念仏者の生活を問題にしてきている。その念仏者が我々自身にどう関係するのか。そのことが皆の問題になっているようだ。問題は、この私自身が念仏者になれるかどうかにある。一度、問題を整理しておこう。

法然上人は、念仏衆生 摂取不捨との関係の中で、念仏を問題にされている。それは我々は、念仏によって阿弥陀如来の摂取不捨の利益(りやく)に与(あずか)ることになるからである。なぜそうなのかについて、法然上人は、善導の三縁釈(さんえんしゃく)によって問題にされている。

中心は親縁(しんえん)である。それは衆生が、

1.口に常に仏を称すれば、仏は即ちこれを聞きたもう。
2,身に常に仏を礼敬すれば、仏は即ちこれを見たもう。
3,心に常に仏を念ずれば、仏は即ちこれを知りたもう。
4,仏を憶念すれば、仏もまた憶念したもう。


である。我々が身口意の三業をもって仏を念ずる生活をすれば、我々と阿弥陀如来とが真向きになり、親しい間柄となって「我が名を称せよ、必ず迎えとろう」と約束されている、その約束が我々の上に成就する。その時、我々は摂取不捨され如来の国(=浄土)に生まれ助けられることになる。だからこそ称名念仏なのである。

しかし我々が念仏して阿弥陀如来と親しい間柄となれるのは、我々に先だって如来自身が我々に真向きになり「我が名を称せよ、必ず迎えとろう」と南無阿弥陀仏を以て我々を呼びかけ続けられているからである。

曽我先生は、「先生のお話を帰ってから家族にどのように伝えたらよいか」と尋ねた人に、先生は、

第1条 仏さまとは誰なのか。
「『
我は南無阿弥陀仏なり』と名告っておられる方であります。」

第2条 その仏さまは何処におられるのか。 
「南無阿弥陀仏と念ずる人の前におられます」

第3条 その仏さまをどのように念じたらよろしいか。 
「『
仏 たすけましませ』 と念ずるのであります。いつでも誰でもどこでも南無阿弥陀仏と仏を念ずることができます」

と示されている。それは先生が、いつでも人々に念仏を勧めようとしてお話しをされていたことが分かるし、その念仏とは、どう意味を持つかよく分かる。

実は阿弥陀如来は、我々に対して、いつでも、どのような時でも「我は汝に絶望せず」と我々を信じ、敬い、愛しながら、我々に南無阿弥陀仏をもって「我が名を称えよ、必ず迎えとろう」と呼びかけ続けられている。

事実、我々に南無阿弥陀仏は聞こえているし、我々も南無阿弥陀仏と称名念仏できている。そのことがその証拠である。皆はどうであろうか。いつ頃から称名念仏申す身となっているであろうか。そこには必ずすでに南無阿弥陀仏と称名念仏されておられる人々がおられ、それを聞き、それを勧められて、我々自身も南無阿弥陀仏と念仏申す身となれた事実があるに違いない。そこには計り知れない尊い意味がある。一度確かめてほしい。

それにしても我々にはなぜ念仏が必要なのか。このことは繰り返し問題にしていることだが、我々は世間(=共同体)の中で生活をしている。その世間は、いつでも必ず全体の秩序なり利害なりに関係して、厳しくしなければならない善と、してはならない悪とを定めている。そのため我々は、一度悪をなせば悪人として罰せられ、排除され、その居場所を奪い取られる。

我々は幼少期に家において、その親から我々自身が選ばれ嫌われ見捨てられるという、その排除の原体験をしているのに違いない。その為、親との間にあった、その親の姿を見、その声を聞けば、心が安らぎ、身がよろこぶという一如の交わりが壊れ、そこに開かれていた国土を喪失することになっている。

このことは、家の外の世間の中へ出るようになって、いよいよどこにも安心して身を置く居場所が無いことを知り、故郷喪失者のように流転している。しかしそれはただ流転しているのではない。真実の国土を願い求めての流転である。学院祭のテーマは、「手をつなごう―かけがえなさの確認」である。これは素朴であるが、真実の国土を願い求める皆の命そのもの、魂そのものの叫びである。

実は我々の、真実の国土を願い求めて流転する、その願いに応えて如来の本願はある。また我々の真実の願いも、喪失した国土を回復することにある。だからこそ如来は国土を荘厳し、我々を迎えとって助けようとされているのである。その時如来は、いつでも我々が善人悪人を選び分け、悪人を見捨てるそのことこそが、我々をして国土を喪失させる根本の因であるとよく見極められていることである。その上で、善人悪人をえらばず、きらわず、見捨てぬ摂取不捨の大慈悲心をもって、その国土を荘厳し、「我が名を称えよ、必ず迎えとろう」と約束し、南無阿弥陀仏をもって呼びかけ続けられていることである。

だから我々にしてみれば、その如来の約束を信じて、称名念仏申す者だけが往生でき、助かるのである。このことは極難信(ごくなんしん)と言われるように信じ切ることが容易ではない。しかし既に念仏申している身の事実がある。その事実を尊いこととして、また真実の国土を願い求めている身の事実がある。その事実を信じて、焦らず諦めず称名念仏申しながら、如来の約束のその深い意味を聞いていけばよい。

親鸞聖人は、称名念仏申して、如来によって摂取不捨され、その浄土に迎えとられる身となって、はじめて一切衆生が如来の子であることを知られ、「御同朋よ」と声を掛けてその交わりを開かれている。我々も同じことである。我々自身が称名念仏申して、如来の浄土に思いを寄せ、人々に心を開いて声を掛け、呼びかけていくことができる。それに応える、応えないは相手の問題である。呼びかけ続けるのは我々自身の問題である。

実はそのことが、今・ここにおいて国を失った者の上に国を開き、交わりを開いていく出発点になる。いつでも称名念仏申しながら、阿弥陀如来を縁として、お互いの間に御同朋としての交わりが開かれることを第一として生きる生活、それが念仏の生活である。そこにどうしても我々が念仏を必要とせざるを得ぬ理由がある。

《平成6年(1994年)10月17日》

3,住立空中尊

大谷専修学院 竹中智秀院長 【歎異抄講義】⑱

蓮如上人は、「本尊は掛けやぶれ、聖教は読みやぶれ」といつも門徒の人々に声をかけられていた。本尊に関しては、事実、名号本尊を多く書いて門徒に渡されている。また聖教に関しては、正信偈・三帖和讃とによる在家勤行を制定されている。のこの二つのことによって本尊の前での在家勤行が徹底され、今日に至るまで浄土真宗の法義が相続されている。

門徒にとって本尊といえば、蓮如上人が言われるように、「木像より絵像、絵像よりは名号」である。この名号本尊を中心として、門徒は道場を構え、家を作り、そこで在家勤行も勤められてきた。しかし道場が寺化する中で、本尊は名号から絵像なり木像なりに変わっていき、門徒の家の本尊も同じように変わってきている。
この絵像なり木像の阿弥陀如来に関して、恵空講師は『叢林集』において、「それは『観経』の第七華座観において問題となっている住立空中尊(じゅうりゅうくうちゅうそん)である」と論じている。これが現在の大谷派における通説となっている。(華光出仏)

『観経』は「王舎城の悲劇」が取り上げられている。これは皇太子阿闍世(アジャセ)が外道の代表 提婆(ダイバ)の言葉を信じ、自分自身の出生の秘密を知り、それが縁となって、父 頻婆娑羅(ビンバシャラ)を殺し、母 韋提希(イダイケ)を殺そうとした事件である。

この出生の秘密とは、阿闍世自身に名付けられていた折指(せっし)、未生怨(みしょうおん)、善見(ぜんけん)という三つの名についての意味が明らかにされたのだが、具体的には、子からすれば親から見捨てられ、殺されようとした、その事実のことである。親からすれば、子を見捨て、殺そうとした、その事実のことである。なぜそのような事が起きたのか。それは親の利己主義(エゴイズム)の問題である。しかしそれは、いつの、どこの、誰であっても同じことであって、凡夫の根深い自我意識に関わる問題である。

子からすれば、親はいつでも、えらばず、きらわず、見捨てず、自分に声をかけ、自分を待って迎えてくれるものと信じ切っている。そのため、安心して生きられてもいる。それが提婆の言葉を聞いて、そうではなかった事を知り、阿闍世は自分の帰っていく家を無くし、呼応し合える国土(=世界)を無くし、そのことが阿闍世をして狂乱させ、親殺しにまで暴走させた。

この事件を通して、母 韋提希は、自分を助けようとして我が前に立たれた釈尊に対し、

我宿何罪 生此悪子
我むかし何の罪ありてか この悪子を生ずるや

と愚痴を言っている。しかし釈尊は沈黙を守られていた。その沈黙が韋提希をして自分自身に問題はなかったのかと自問自答させた。そのことによって韋提希は、自分自身の内にある、その子すら自分の都合で、えらび、きらい、見捨てる心があることを知り、その自分自身が生まれ変わらない限り、外の世界がどのように変わっても、最終的には子にすら声をかけ、待って迎えることができないで、家を無くし、国土(=世界)を無くしている自分自身の孤独の問題は解けないと思い知った。

だから韋提希は、生まれ変わり、背き合った者と再び一如の交わりを、倶会一処の出会いを取り戻せるのか釈尊に問うている。それに

仏当為汝 分別解説 除苦悩法
仏まさに汝がために 除苦悩法を分別解説すべし。

と答えられている。その時、空中に阿弥陀如来が住立されている。このことは、阿弥陀如来自身が、その除苦悩法であることをみずから示されたことにある。その住立空中する阿弥陀如来を表すのが真宗の本尊 阿弥陀如来である。

善導は「ここに釈迦・弥陀 二尊が呼応して、韋提希に代表される我々凡夫が、えらび、きらい、みすててしまった者と、どうすれば一如の交わりを、倶会一処の出会いを回復できるのか、その問題に答えられている」としている。

さらに善導は「阿弥陀如来は、なぜ住立空中にと立たれたままなのか」と問いを立て、それに「立撮即行」(りっさつそくぎょう)でもって答えられている。立撮即行とは、我々が自分の都合を中心にして、共に生きている者を見捨て合い、お互いに空過の思いを深めていることを知られ、我々凡夫が、お互いに作り出す地獄化する世間のただ中に立ち現れ、立ったままで我々を手づかみにして浄土へ引接(いんじょう)しようとされていることを示すと善導は見ている。

このことは、阿弥陀如来が浄土を荘厳し、我々に称名念仏を勧め、浄土に往生するのを、浄土で待たれているのではなく、我々を待ちかねて、浄土を捨てて地獄化する我々の生活の現場へ「大悲驚入火宅之門」(大悲驚いて火宅の門に入る)と言われるように立ち現れ、「そこには真実の国土はない」と知らせ、「阿弥陀如来の大慈悲心によって荘厳される真実の国土 浄土へ来たれ」と呼びかけられているのである。

我々からすれば、お内仏のご本尊 阿弥陀如来は、その住立空中し、立撮即行する阿弥陀如来を表すと伝統されてきている。そのご本尊の前で、真宗門徒は勤行しながら、お互いに阿弥陀如来に願いをかけられ、声をかけられている如来の子であり、御同朋であることを確認しながら、ただちにここでお互いに一如の交わりを、倶会一処の出会いを回復して深い交わりを開いてきている伝統がある。

《平成6年(1994年)10月24日》

4,難治の三病 ― たすけられなければならない者とは

大谷専修学院 竹中智秀院長 【歎異抄講義】⑲

聖人は、たすけられなければならない者を「難治の三病」として、

①五逆(ごぎゃく)
②謗法(ぼうほう)
③一闡堤(いっせんだい)

を取り上げられている。まず五逆とは、

1,故意(ことさら)に思いて殺父
2,故意に思いて殺母
3,故意に思いて殺阿羅漢(仏弟子)
4,故意に思いて破和合僧(教団)
5,故意に思いて出仏身血(仏を殺そうとする)

のこととされている。この業(行為)は、必堕地獄業と言われている。

王舎城の悲劇において、被害者でもあれば、加害者でもある阿闍世について、親鸞聖人は、「阿闍世とは誰のことか」を問題にし、阿闍世とは、1,煩悩具足の凡夫のことであり、2,五逆を造る者のことであり、3,必堕地獄の者のことであるとしながら、それ故にこそ、4,阿弥陀如来によってたすけられなければならない者として見出されもし、願いをかけられている者のことであり、また、5,釈迦諸仏より、たすかって欲しいと願いをかけられている者のことであるとされている。

だから聖人は、「阿闍世とは誰のことでもない、自分自身のことである」と決定されていたと言える。このことは我々自身にとっても同じことである。「地獄は一定すみかぞかし」とは、我々が阿闍世として自分自身を自覚できたことと別ではない。

さらに謗法についてだが、聖人はこの謗法について、1,一闡堤と 2,謗法の二種に開かれている。そのうちの一闡堤とは、無仏、無仏法、無菩薩(仏弟子)とその心に決定して、仏法僧の三宝の存在を始めから否定する者のことである。これが提婆に代表される者のことである。聖人は物部の守屋(もののべのもりや)の上に確認されている。(善光寺如来五首和讃を参照)

その一闡堤にえらんで謗法とは、念仏の縁ができたのだが、善悪浄穢をえらばぬ如来の本願が信じきれないで疑うことである。聖人は、自分自身の上に、善鸞等の上に確認されている。実は謗法の問題も、1,一闡堤  2,謗法  との二種に開かれているところに聖人の信心為本とされる浄土真宗の独自性がある。

これら難治の三病を、聖人は自分自身のこととして確認されると同時に、その三病を治療する薬として、本願念仏の仏法が「阿弥陀如来の薬」として、「本願醍醐の妙薬」(ともに『御消息』)として阿弥陀如来により、釈迦諸仏によって勧められていることを身をもって知られ、だからこそと縁のある人々に勧められている。

聖人はまた、仏と法と僧との相互の関係性を、具体的に医者と患者と薬との関係で見られている。医者は仏(=説法の者)であり、患者は仏弟子としての僧(=聴法の者)であり、薬は法(=所説の法)であるとされている。その時、いつでも問題になるのは、患者が医者の診断と、その治療法とをよく聞いて、すすめられる薬をすすめられるままに服用して健康を回復しようとしているかどうかである。案外、誰でも自分のことは自分がいちばん良く知っていると思い込んでいて、医者の診断も、すすめられる薬も、素直に聞いて服用しない。そのため治療が容易ではない。問題は医者の言われることを素直に聞くことのできる患者になれるかどうかに関わる。だから聖人は、患者(=聴法の者)に対して、「増長勝解(ぞうちょうしょうげ)の想(おもい)をなせ、癒病の想をなせ」と呼びかけられている。

信とは、元々そのものをよく勝解したことである。諸仏の教えを聞き、1,凡夫の身であることをよく勝解し、2,その凡夫の身をたすけようとしてすすめられる念仏をよく勝解することになる。そこに信心が成り立ってくる。だから聖人は、信心の人を

一切善悪凡夫人 聞信如来弘誓願 仏言広大勝解舎 是人名分陀利華
一切善悪の凡夫人、如来の弘誓願を聞信すれば、仏、広大勝解の者(ひと)と言(のたま)えり。この人を分陀利華(ふんだりけ)と名づく。 (『正信偈』)

と言い切られている。
信心の人とは仏弟子のことで、それは凡夫の我が身にも目覚め、如来の御心にも目覚めている菩薩のことである。

だからこそ、凡夫故に業縁しだいでは五逆を造り、そのため地獄一定の身となっているその我が身を、見捨てないで引き受けて、その凡夫を浄土に迎えてたすけようとされる阿弥陀如来の御心に従って、いつでも心をその浄土に寄せ願正し続けることに、事実として我々凡夫が念仏によってたすけられ健康を回復する生活がある。

《平成6年(1994年)10月31日》

5,称名念仏して往生していく浄土とは

大谷専修学院 竹中智秀院長 【歎異抄講義】⑳

親鸞聖人は、念仏者が往生していく浄土をどのように示されているのだろうか。聖人は、その浄土に関して、天親・曇鸞の『浄土論』・『浄土論註』によって、まず浄土の主(あるじ)としての阿弥陀如来について、

正覚阿弥陀 法王善住持 (『願生偈』)

をもって示されている。それは浄土は阿弥陀如来が善力をもって、すなわち摂取不捨の大慈悲心をもって住持されている世界である。そのことを『論』においては、より具体的に、「大地」で象徴される無分別心でもって示されている。大地は軽重の殊がない。軽いものは良い、思いものは良くないと選別しない。縁あるものは、それが何であっても平等に荷負していく。大地がそのように無分別心をもって一切のものを荷負するように、浄土はそこにある一切のものが、阿弥陀如来の摂取不捨の大慈悲心によって住持されている世界である。

また「住持」については、不朽薬(ふきゅうやく)の譬えでもって示されている。それは種子に不朽薬を塗っておくと、その種子が水の中にあっても腐らないし、火の中にあっても焦げない。そのように阿弥陀如来の善力は、ひとたびそのものを摂取不捨すれば、不異不滅に、不散不失に(=いつでも永遠に)そのものを守っていく。そのように阿弥陀如来の善力によって住持される世界こそが、阿弥陀如来の浄土である。そのように親鸞聖人は見極められている。

その浄土の特徴は、1,それは大空のように広いことである。

究竟如虚空 広大無辺際
究竟して虚空のごとく、広大にして辺際なし (『願生偈』)

によって示されている。このことは、浄土に往生する者がどれほど多くても、浄土は無満時(満つる時なし)。それは往生したいと願っても入る場所がないということはあり得ないのである。このことは、一人も排除しないで一切衆生を平等に迎え入れたいと願われる阿弥陀の願いと関係するのは言うまでもない。

2,として、そのような大空のように広い浄土に往生することが出来た者は、浄土の土徳(どとく)として、阿弥陀如来の願いと同じような志願広大の心を得ることになることである。(「天親和讃」5首目を参照) 聖人は念仏者が往生する浄土をそのように見極められている。

しかし問題は、この浄土は私自身の上にどのように関係してくるかである。このことこそが称我名字と願じ、若不生者と誓われているように、阿弥陀如来が我々に、誓願の名号 南無阿弥陀仏を選択し、回向して「汝、我に南無して我が浄土に欲生せよ」と呼びかけられている、その一事に関わる問題である。このことは、同時にまた、我々がその呼びかけに応えて「我 阿弥陀仏に南無して浄土に願正せん」と自己決定できるかどうかの、その事に関わる問題でもある。

先ほどの浄土は、大空のように広いと示され、浄土に往生する者がどれほど多くても満つる時無しとあったのだが、このことは我々が日常の生活で体験する事としてでもある。たとえばA君の所へ訪ねて行ったが、すでに多くの友だちが来ていて、中へ入ることができないで外に立ったままでいた。しかしA君の「よく来てくださった」と迎えてくれる心に出会った時、たとえ外にいても内にいるのと同じである。

しかしB君の所へ訪ねて行き、内へ入れたのだが、B君の「君の来るところではないのに」という声が聞こえてきたり、B君はどうも、私が来ることを快く思っていないのではないかと疑ったりすると、その刹那に、内にいる事が内にいることにならないで、内が外になってしまうことがある。実は、どのような場所でも、その場所の主(あるじ)が、どのような心によってその場所を住持しているかによって、その場所は意味が違ってくる。まさに浄土とは阿弥陀如来の願心によって荘厳された願土である。(「天親和讃」10首めを参照)

だから「この名字を称えん者を迎え取らん」との御約束を信じ、南無阿弥陀仏と称名念仏する時、ただちに阿弥陀如来の摂取不捨の大慈悲心の住持する浄土の中に、この身を置くことになる。どこにいても同じことである。たとえ地獄のただ中にいても、もはやそこは単なる地獄ではない。浄土の外にいても、それは単なる浄土の外ではない。外も内も同じである。このことによってこの私が、阿弥陀如来の善力によって住持される浄土の人民(国中人天)となるのである。この私を包んで浄土がここまで広がってくる。だからこそ浄土は念仏者を包んで限りなく広大無辺になっていく。

このことは同時に、「同一念仏無別道故 四海の内皆兄弟となす」といつでも問題にしてきているように、傍らにいる他者が、同じく浄土の人民の一人として、この私にも納得ができ、その交わりを深めることができる。そういう意味で称名念仏を通して阿弥陀如来の願心に出遇う時、ここはどこであっても阿弥陀如来の善力の住持する願土に包まれてくる。

そういう浄土を聖人は念仏者の往生していくことになる浄土として示されている。だから真宗門徒は、その生活の現場に、ご本尊阿弥陀如来をを安置して、その阿弥陀如来を中心としながら称名念仏の生活をしてきているのである。我々も同じことである。
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