春の行事

花まつり誕生会が開催されました。

【期 日】平成30年4月29日(祝)
【法 話】本田康英 師(岡﨑市萬徳寺住職 明徳保育園園長)

春らしい穏やかな日となったこの日、婦人会による“花まつり誕生会”が行われました。この4月より、婦人会の役員さん・教化委員さん達は新たな顔ぶれとなりました。お斎(昼食)の準備や、お華立てなど一生懸命に取り組んでいただきました。婦人会の行事の中でもこの花まつりは、新生児の募集や花御堂づくりなど、他の行事にはない準備もあるので大変なのですが、会長(深津幸子さん)をはじめ、役員さん・教化委員さん達がチームワークを発揮していただいた甲斐があって、和やかなムードで一日つとめることができました。どうもご苦労さまでした。

午前の部では、新生児のご家族を中心とした初まいりということで、講師の本田康英先生より、子ども達が好きな絵本や、おもちゃ(知育玩具)などの紹介を交えながら、「子育てとは、親子が共に育っていくことですよ」と若いお父さんお母さんを応援するように語りかけて下さいました。

午後の部では、小・中学生と大人の方を対象にした“花まつり”ということで、おつとめに続いて、婦人会役員さん達に早朝よりきれいに飾り付けをしていただいた花御堂の誕生仏に順番に甘茶をかけてもらった後に、本田先生のお話をお聞きしました。

八大地獄の2番目、黒縄地獄(こくじょうじごく)を中心にした内容だったのですが、絵本『あのときすきになったよ』『島ひきおに』の読み聞かせも交えながらお話しくださいました。

「黒縄」とは、大工さんが材木を切る時に、墨壺で目印をつけますね。その黒い線をつけるところから名付けられています。私達もふだん生活していくということは、あらゆるものに線を引きますね。その線は何かというと、世間の常識と言いながら、実は自分の都合だったりしますよね。お互いが自分の都合であらゆるものを線を引いて切っていくと、どうなるか。孤独になるんですね。つまり、地獄というのは、そういう世界がどこかにあるということではなくて、孤独の譬えなんです。地獄は他でもない自分が作っているんです。

先ほどみんなでお勤めをした『正信偈』に、「不断煩悩得涅槃」とありますが、仏さまの教えを聞いていくということは、これまで地獄を作り続けてきた自分を知らされていくことなんです。それが地獄を超えていくという意味があるんです。(午後の法話より一部抜粋)

『あのときすきになったよ』という絵本は、僕は坊守(葉子)から教えてもらったのですが、人の心がどういう時に相手に向かって開いていくのかが、的確に表されていて心が震えます。私たちがお互いを思いやり、自分らしく生きるという永遠のテーマが描かれています。

『島ひきおに』は、今回はじめてお聞きしましたが、誰にも遊んでもらえない鬼の気持ちが、痛いほど伝わってきて、何が人間にとっていちばん残酷かを教えられます。本田先生も言われるとおり、どちらの作品も、大人が読んでも、深みがある素晴らしい作品だと思います。

また、最後には、昨年に続き、児童教化連盟から借りてきたガチャガチャをしたんですが、今回は子どもの参加者が少なかったので、大人の方にも全員やってもらいました。意外にも大人の方もみんな良い笑顔で、ハンドルを回していたのが印象的でした。これも花まつりならではの光景です。
絵本『どんどこももんちゃん』を読んでいるところ。感情を入れて読むと、子ども達も惹きつけられます。
蝶ネクタイがきまってます。
花御堂とバックに記念撮影。
意外にも、大人の方にも喜んでもらえたガチャガチャ。

婦人会役員・連絡員協議会を行いました。

【期 日】平成30年4月9日(日)午後7時~

永代経法要と同じ日の夜、新しい婦人会役員さん、連絡員さんに集まってもらい会合をもちました。婦人会役員さん・連絡員さんともに任期は2年ですが、この会合は任期中の行事の説明や、役割について説明させていただくとともに、新役員さんとの顔合わせの意味もあります。

また、新役員さんとともに、行事を支えていただく教化委員さんの選出もしていただきました。今年度は、婦人会だけでなく、お寺の役員さん、寺世話方さん、本山世話方さんもメンバーが大きく入れ替わり、フレッシュな顔ぶれとなりました。

いろいろご苦労をおかけしますが、何とぞご協力のほど、よろしくお願いいたします。

春季永代経法要がつとまりました。

【期 日】平成30年4月9日(日)
【法 話】鶴見榮鳳 師(豊田市桝塚西町 願正寺前住職)

すでに葉桜となるほど今年は暖かい日が続いたのですが、この日は肌寒い一日となりました
。春の永代経法要ということで大勢の方にお参りいただき、ありがとうございました。この日、お話しいただいた鶴見先生の法話の一部をご紹介します。

昔、高原覚正という先生がおられてね。この高原先生からお聞きしたお話しをさせていただき
ます。高原先生のお寺の檀家さんのお子さんが、小学校へ入学されたんだそうです。実はこの子は足に障がいがあったんだね。だから足を引きずるようにして歩くんです。入学式の次の日から、歩いて学校へいくわけだけど、その時に近所の悪ガキたち4,5人が、面白がってこの子の歩き方のマネをして、後をついて歩いてからかったんだね。この子は小学校から帰ってくると、途端に「ワーッ」と泣き出したんだそうです。そんな日が4日も5日も続いてごらんなさい。お母さんの悲しみといったら察して余りありますね。入学式といったら、めでたい、嬉しい事でしょう。それが入学した途端、毎日家に帰ってくる度に我が子が「ワーッ」と泣いているんです。

お父さんとお母さんは、我が子のために一生懸命「どうしたらいいだろう」と考えて、とう
とうお父さんが一計を案じたんだね。「明日、お父さんの言うとおりにみんなに言いなさい」と伝えたんです。この子はお父さんに全幅の信頼を置いているんです。お父さんが渾身の知恵を授けてくれたから「わかった」といって次の日を迎えたんだね。

翌朝、この子が学校へ行く時、近所の悪ガキたちがいつものように面白がって足を引きずる
マネをしてついて来たんです。するとこの子は立ち止まって、「いま僕のマネをしたのは誰だ? ここでもう1回やって見せてくれ」と勇気を出して言ったんです。この子も初めは怖いから声を震わせながら言ったんだね。そうすると悪ガキ達は一人ずつマネをして歩くでしょ。そうすると、この子は「歩き方がちょっと違う。僕の歩き方をもっとよく見てやりなさい。はい次!」といって順番にマネをさせたんだね。マネをする方も前の子のやり方を見てるから、だんだん上手になってくるんだね。とうとう最後の子がマネをした後に、「それは僕の歩き方だ。僕には僕の歩き方がある。君は君の歩き方をしなさい」と、お父さんに言われたとおりに言ったんだね。

この子は学校から明るい顔で帰ってきて、もうその日からは泣かなくなったんだそうです。
「これは誰の歩き方でもない。僕の歩き方なんだ」と。こういうのを独尊子(どくそんし)というんですね。障がいをはじめて背負った。お父さんの言葉を全面的に信頼した、こういうのを正信と言うんです。これが如来の「助けるぞ!」という声を信じたということなんだね。ここにお父さんが一緒にいなくても、「これが私の人生だ」と引き受けていく覚悟ができたんだね。

皆さんも、きっとこれまで、自分では引き受けられないような苦労を何回も引き受けてこら
れたでしょう。自分の頭で考えたのではとても引き受けられないことがあったと思います。でも、そこには言葉があったはずです。それはお母さんの言葉であったり、ご先祖さまからのことばであったり。「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか。そして、その今を引き受けて歩こうとするその人を独尊子と言うんです。他の人と比較ができない。比較する必要がないと肚が据わるんだね。

『正信偈』は帰命無量寿如来 南無不可思議光と始まって、次に法蔵菩薩因位時と続くでしょ
う。これは我々の阿弥陀さまが、私にまでなって下さった姿を「法蔵菩薩因位時」と言うんです。「私にまでなって下さった仏さまに遇うことができた」というのを「正信」といいます。無量寿経には、「法蔵菩薩が修行をして阿弥陀如来になった」とあるけれども、私たちにとっては、法蔵菩薩が私の中に誕生するという形で救いが成就するんですね。

*  *  *

鶴見先生は、毎月、私(知見)が参加している輪読会でご一緒させていただいています。曽
我量深や安田理深といった先生の難解なテキストを読んでいるのですが、そこで「この部分は、こういうことを言っておられるのではないか」と解説をして下さるのが鶴見先生です。

この日の法話も、笑いも交えながらの和やかな語りでしたが、その内容は輪読会での鋭い指
摘を、ほぼそのまま平易な言葉で再現したものでした。

「救い」とは何かというのが、宗教の大きなテーマの一つですが、そこには大きく分けて二つの内容があると思います。それは、1,問題解決型 2,伴走型 です。この障がいをもったお子さんの例で言えば、私達が考える問題解決としては、第1は障がいが治る(なくなる)ことだと思います。しかしそれが不可能な場合、障がいを引き受けて行く新たな生き方が始まるということが本当の問題解決でしょう。しかしそれは、ゆるがない精神力の強さによって成し遂げられるのではない、というのが真宗の考え方だと思います。“他力”という言葉で伝えられているのですが、自分のことを信じて寄り添ってくれる者の存在(伴走者)があって、私達は始めて立ち上がっていけるのだということでしょう。この例でいえば、お父さん、お母さんがこれに当たります。

その他者の存在によって自分の中に「生きる意欲」が呼び覚まされることを、鶴見先生は「私の中に法蔵菩薩が誕生する」と言われているのだと思います。鶴見先生の、お経をはるか昔の神話としてではなく、いま現在も生きてはたらく教えとして位置づけていこうという積極的な姿勢に、とても勇気づけられる思いです。
肌寒い日となり、ストーブが再び活躍してくれました。
奥の赤い布を掛けたところは、永田や仏壇店さんの出張販売ブースです。
昨年の報恩講に引き続いての出講となる鶴見榮鳳 師

声明会 報恩講がつとまりました。

【期 日】平成30年3月22日(木)

ここ最近降り続いた雨もようやく上がったこの日。声明会報恩講が声明会のメンバーによって勤まりました。正信偈 和讃 御文のおつとめの後、お非時場でお斎をいただきました。

宝林寺のご法座に欠かせない、おつとめの助音(じょいん)をしてくださる声明会のみなさんは、毎月おつとめ練習をしてくださっています。

また新規の会員も募集していますので、興味のある方は宝林寺までご連絡ください。

婦人会春季彼岸会がつとまりました。

【期 日】平成30年3月13日(火)午前9:30~・午後1:15~
【法 話】羽向智洋 師(西尾市 専念寺住職) 
 
春らしい穏やかな一日となったこの日、婦人会春季彼岸会がつとまりました。午前・午後とも、おつとめの後には羽向智洋先生(西尾市 専念寺住職)にご法話をいただきました。

私が羽向先生のお話をお聞きしていて、いつも頭に浮かぶのは“如是我聞”という言葉です。これは浄土三部経(仏説無量寿経・仏説観無量寿経・仏説阿弥陀経)の冒頭に共通している言葉ですが、書き下しすると「かくの如く我聞きたまいき」となります。これらのお経はどれも、お釈迦さまの弟子の阿難尊者の「(お釈迦さまのお話を)私はこのように受け止めました」という言葉から始まっているのです。

仏教は、今から2500年ほど前にはじまったと言われていますが、お経というのは、お釈迦さまが書かれたものではありません。実は仏教だけでなく、今に続く世界的な思想というのは開祖や師匠が書いたものではなく、弟子によって「このように師は語られました」という形で記録されているものが多いということを、『いまを生きるための歎異抄入門』という新書で佐々木正さんに教わりました。

例えば「無知の知」などで有名なギリシャ哲学のソクラテスの言葉は、弟子のプラトンが『ソクラテスの弁明』という形でまとめています。キリスト教の新約聖書も、イエス・キリストが書いたものではなく、「ルカによる福音書」、「マタイによる福音書」など弟子による言行録です。中国の『論語』も孔子が語ったことを「子(し)曰(いわ)く、「学びて時にこれを習う、亦(ま)た説(よろこ)ばしからずや。」という形でやはり弟子たちによってまとめられています。

これは、思想や宗教の言葉というのは、それを表現した側ではなく、その言葉を聞き、受け止めた者の側において、どういう意味が生じたかということが重要だということだと思います。親鸞の思想の入門書とも言える『歎異抄』も、弟子の唯円が書いたものだといわれています。

前置きが長くなりましたが、羽向先生のお話には、この「如是我聞」という姿勢を、一貫して感じるのです。仏教用語をただ解説するのではなく、一人の仏弟子として、自分自身のあり方に悩み、その中からお経や親鸞聖人の言葉に真摯に向き合って、「教えの言葉が、私にはこのように聞こえます」という形で伝えてくれるので、とてもリアリティを感じるのです。

例えば羽向先生は、お釈迦さまの生まれたときの宣言といわれる「天上天下唯我独尊」(天にも地にも我ひとりにして尊し)ということばについて、次のように話されました。

「三つ子の魂百まで」という言い方するでしょ。あの「三つ子」って何のことか分かりますか。3歳ですよね。これは数え年ですから満2歳です。数えでいったら3歳です。赤ちゃんというのは2歳の頃に大きくかわるんですね。相手との関係の上で。それまでは、赤ちゃんは親が言ったようにだいたい言葉を発するわけです。マンマとか、ばあばとか、じいじとか。それが2歳ぐらいで、はじめて親が教えなかった言葉を自分の意思で言うようになります。何だと思いますか。それは「イヤ!」という言葉です。こうせい、ああせいと親が言ったことに対し、赤ちゃんが「イヤ!」というのがだいたい2歳前後だと言われています。

「イヤ!」ということは、「私は私だよ。あなたの思い通りになりませんよ」という意思表示でしょう。これは人間宣言といってもいいんじゃないかと思うんです。それをお釈迦さまの言葉でいったら「天上天下唯我独尊」といいます。「ひとりにして尊し」とは「他の人と比べる必要がない。私とあなたとは違うんですよ」ということですね。

それを今まで日本では、ワガママだなあ、ケシカランなあという形で禁止してきましたけれども、そうじゃない。「ワガママはダメだ、黙って従え」そういう言葉はもう通用しなくなった時代です。じゃあ放任主義で「勝手にやれ」ということでいいのかといっても、そうもいきません。違った者同士で、それでもつながっていける世界。「私とあなたは違う」という前提に立って、どう関わっていくのか、それをお経の言葉では「摂取不捨(せっしゅふしゃ)」(観無量寿経)といいます。さらにこの言葉を竹中智秀という先生は「えらばず・きらわず・みすてず」という言葉で噛み砕いて遺言してくださいました。

このお話しをお聞きして、今ニュースで騒がれている森友問題での、政府や財務省の「国や組織を守るためには、少しぐらい犠牲者を出してもしかたがない」といわんばかりの対応を連想しました。政府ばかりでなく、この国のあらゆる組織や団体で同じような理屈が罷り通っているような気がします。そこで正面切って批判すれば、たちまちに排除されてしまうのも分かりきっていて、家族を守るためには組織に従うしかないという形で、不本意ながらも自分を納得させている人も多いのではないでしょうか。

今年の夏、大学の同窓会で久々に会った友人が、「実は、オレもストレスでうつ病になりかけて精神科にかかっていたんだ」と打ち明けてくれました。「家のローンを抱えて、こどもの大学進学も重なり、会社でも責任のある立場になったため思ったことも言えず、気がついた時にはおかしくなっていた。あの時は本当に危なかったと思う。そこで自分が踏みとどまれたのは、異変に気づいた妻が『
家を手放してもいいじゃない』と言ってくれたことと、もう会社を辞めてもいいと開き直れたことだった。実際に辞表も出したんだ。そうしたらいろんなことが好転しはじめた。家が予想より高値で売れたし、会社の方も、上司が『お前に辞められたら困る』と、仕事もある程度は自由にやらせてもらえるようになって、今は何とか元気にやれているよ。でも本当に紙一重のところだった。」と言っていました。学生時代から快活な男だっただけに、あの彼でさえ、そんなことがあったのかと驚かされました。

旧来の「大きな組織に寄りかかっていれば安全」という幻想も壊れた今、いったいどういうことが、私にとって本当の満足といえるのか、世間の常識に惑わされず、自分の頭で考えることが、これからますます大事なことになってくるのではないでしょうか。彼の話を聞いて改めてそう思いました。

真宗では、「念仏をとなえる」という時に、必ず「称える」という字を用います。親鸞自身の字訓では、「称」の字は、秤(はかり)の意味だといいます。秤は「軽重を知るなり」、つまり、本当は何が重要で何が些末なことなのかを量るということでしょう。さらにお念仏は、称えると同時に聞くことが大事だといわれます。「私が私として生まれてよかったと言えるような生き方をして欲しい」と仏さまが私に対して、願いをかけてくれていることを聞くということです。

私たちは、誰とも替わってもらうことができない、一回限りの人生を生きています。その事実から目をそらさず、縁ある人たちとどう関わっていくのかが誰にとっても大きな課題だと思います。そのためにも、自分自身を映す鏡として、仏法を聴聞する必要性を痛感します。


また、最後になりましたが、婦人会の役員さんと教化委員さんにとって、この春季彼岸会が2年の任期の最後の行事となりました。いつもていねいに仏具のおみがきや食事づくりをしてくださり、本当にありがとうございました。この場をお借りして御礼とご報告をさせていただきます。どうもご苦労さまでした。m(_ _)m
羽向智洋 先生
この彼岸会が婦人会役員さん教化委員さんにとって最後の行事となります。写真はご挨拶をしていただいているところです。

花まつり誕生会(たんじょうえ)

【期 日】平成29年4月29日(土)朝10:30~・昼1:15~
【講 師】本田康英 師(岡崎市萬徳寺住職・明徳保育園園長)
穏やかな日となったゴールデンウィーク初日のこの日、午前・午後の日程で宝林寺婦人会「花まつり誕生会」が行われました。婦人会の役員さんたちにとっては2回目の花まつりということもあって、早朝よりお斎(とき)の準備や花御堂の飾り付けも手際よく、スムーズに準備をしていただきました。
午前の部は例年同様に、赤ちゃんとその親御さんを迎えての「初まいり式」として行いました。一緒に正信偈同朋奉讃のおつとめや、讃歌「こどものはなまつり」を歌い、誕生仏に甘茶を注いでおしゃかさまのお誕生をお祝いしました。
その後は本田康英先生より、おすすめの絵本の紹介や、明徳保育園から持参してもらった、いろいろなおもちゃの現物をお子さんたちに触れてもらいながらのお話でした。「特に乗り物を題材にした絵本などは、お父さんが読んであげた方がいいです」などと具体的に話して下さるので、お父さんお母さんたちも大きくうなづいてみえました。おもちゃで無心に遊ぶ子ども達の姿を見て、うちの子もほんの5,6年前までこうだったなぁと懐かしく思い出しました。
午後の部では、今年から、おつとめ教室に来てくれている小学生のみなさんにも参加してもらい、にぎやかに花まつりを行いました。これまでは、「初まいり」ということを全面に打ち出していたので、小学生の子たちには誕生仏に甘茶を注いだりという経験をしてもらう機会がなかったのですが、せっかく婦人会の皆さんがきれいに花御堂を飾り付けしてくれたのに、限られた人にしか見てもらえないのはもったいないということで、今年より小学生も招いての集いとしました。
今回、花まつりの意味などを、午前に引き続いて本田康英先生に話していただいたのですが、およそ30分の法話を子ども達が飽きずに聞いていたのには驚嘆しました。私も夏休みや冬休みには子ども達にむけて、短い法話をするのですが、10分聞いてもらうのもままなりません。子ども達が飽きてしまうのです。本田先生の、子ども達に寄り添いながら、しかも仏法の要点を伝えようとする姿に、あらためて自分が法話をする時も、もっと工夫の余地があるのではないかと考えさせられました。
70代、80代のシニア世代の皆さんも一緒にお話をきいておられたのですが、「なぜ誕生仏に甘茶を注ぐのか」(※1)や、「おしゃかさまが生まれてすぐに7歩あるいて(※2)、天上天下唯我独尊(※3)と叫ばれたことの意味について」など、「そういうことだったのか!」という新鮮な驚きも感じてもらえたようです。その後、みんなで一緒に簡単な室内ゲームをやったのですが、シニアチームが意外にも健闘して、子ども達と不思議な一体感が漂っていて、とても良い雰囲気でした。
今年初めての取り組みなのでまだまだ手探りの状態ですが、花まつりは世代を超えて集える行事なので、また来年もより良い企画となるよう模索していきたいです。

(※1)花まつりで、お釈迦さまの誕生仏に甘茶を注ぐのは、お釈迦さまの誕生を天地が喜び、甘い雨を降らせた(甘露法雨)という伝説から来ています。なぜ天地がそんなに喜んだかというと、お釈迦さまの誕生によって、仏さまの教え(誰もが、生まれた意義と生きる喜びを見出すことができる教え)が説かれる、またとない機会が訪れたからです。

(※2)「生まれてすぐに七歩あるいた」というのは、「おしゃかさまの生まれた意義は、私たちの居場所である6つの迷いの世界を一歩超えて、悟りの世界に歩み出す方法(仏法)を明らかにされたことだ」と仏法に出会えた人たちが受け止め、その偉大な功績を伝説としたということだと想います。
6つの迷いの世界とは、
①地獄(独りぼっちで、一緒にいる人と分かり会えない世界)、
②餓鬼(どれだけ与えられても満足できない世界)、
③畜生(自分のやることに責任が持てない、誰かに言われたままに生きる世界)、
④修羅(自分の正しさのみを言いつのって、戦いに明け暮れる世界)
⑤人(悩みを抱え、いきいきと生きられない世界)、
⑥天(何もかも思い通りになって、得意の絶頂という世界)です。
これらは、私たちが死んでから赴く世界というよりも、私たちの日ごろのあり方は、必ずこの6つのどれかに該当していて、この6つの状態をぐるぐると流転しているということだと思います。仏法を聞くとは、迷いがなくなってスッキリした状態になるのではなくて、そういう自分のあり方を教えられ続けていくということです。

(※3)「天上天下唯我独尊」というのは、「私もあなたも、他の人と比べる必要がない自分自身の尊さに目覚め、精一杯生ききっていこう!」という宣言です。


今年も婦人会の皆さんに、きれいに花御堂の飾り付けをしていただきました。
昼には、婦人会の皆さんが準備してくださった、ちらし寿司のお斎(とき)をみんなでいただきました。
本田康英先生。いつも工夫を凝らしてお話しして下さいます。
小学生に対して、30分飽きさせずに法話するなんてなかなかできません。でもこの笑顔!

役員世話方会を開催しました。

【期 日】4月17日(月)午後7時~

春の嵐で雨模様となったこの日の晩、役員世話方会を開催しました。宝林寺では、毎年の教化事業や境内の保全の費用を、「門徒志」として町内の檀信徒 の皆さんにご負担いただいています。この4月より新年度となるため、この会合で予決算についての説明と承認を経て、新年度の門徒志を集めさせていただいてます。質疑応答の後、拍手をもって予算決算とも承認していただきました。
各班長さんを通じて回覧を回して戴きますので、詳細につきましては書面をご確認下さい。各班長さんには、5/7(月)までに班内で門徒志のお取りまとめをお願いいたします。追って各地区の担当の世話方さんに集金していただきます。
春より本格的に年間行事がスタートします。今年度よりお寺のスタンプカード「極楽カード」も導入したので、ぜひ一座でも多く宝林寺へお参りいただき、日ごろの我が身を振り返るリフレッシュの時間をもっていただきたいと思います。
今年度も、宝林寺の活動に対し皆さまのご支援ご協力をお願いいたします。 合掌
最近、老眼がすすんできて小さな字が読みにくくなってきました。(-_-;)
役員・世話方の皆さん。雨の中お集まりいただきご苦労さまでした。

春季永代経

【期 日】平成29年4月9日(日)朝9時30分~・昼1時15分~
【法 話】八神正信 師(名古屋市 晃照寺前住職)
朝方まで降り続いた雨も、徐々に回復して春らしい暖かさとなったこの日、午前・午後の日程で「春季永代経法要」がつとまりました。
昨年「未来の住職塾」で学んで以来、「これからの教化は、教えが伝わりやすい環境作りも教化の一部である」とのテーマを念頭に、現在、教化行事の見直しをしています。今まであまり意識してこなかった「楽しさ」の要素を加えた行事の運営をいろいろ試みているところです。お寺のスタンプカード「極楽カード」なども、その一環ですが、今回は日ごろお付き合いのある「永田や仏壇店」さんに出張販売をしてもらいました。
宝林寺のある根崎町は、クルマがなければ日々の買い物もままならないような地域なので、町内にはない仏壇店がロウソクや線香などを販売してくれるというのは、足のない方にとってもありがたいことですし、ただ商品をいろいろ見たりするだけでも、ちょっと楽しい気分になると思います。まずまずの評判だったので秋の永代経でも、また出張販売をお願いしたいと思います。
永代経法要の日程は午前・午後とも、おつとめの後、名古屋の八神正信先生にご法話をいただきました。先生は、皆を飽きさせないように笑いを交えながら、日常生活の中で、真宗の教えをどう味わって、どう活かしていくのか、工夫を凝らしてお話し下さいます。私たちの煩悩にまみれた生活の現場こそ、仏法をいただく大事な場であるということを、さまざまな例を引きながら丁寧に伝えようとされる先生の姿勢は、本当にすごいと思います。私もごくたまに他のお寺で法話をする機会がありますが、とても八神先生のようにはできません。真宗の教えに対する深い信頼と、それをご自身の日々の生活の中で絶えず実験しているからこその法話のリアリティなのだと思います。

今回、午後の席で先生が仰った「道徳と浄土真宗の違いについて」というのは、私たちの仏法のいただき方の陥りやすい過ちについてのご指摘だと思います。私たちは仏法を聞くということを、学校で勉強を教わるように、何か身に付けていくべき事として聞いてしまうということがあると思います。なので「お話を聞いても、本堂から一歩出ると、ぜんぶ抜けて行ってしまいます」という言葉になるのでしょう。これは知識を身に付けて、それによって救われていくのだという見通しに立っているということを表しています。言い換えれば、現在に立たずに、理想とする完成形を思い描き、そこに向かって努力するというあり方です。果たして、本当にそんな予定どおりにいくのでしょうか?

諺(ことわざ)にもあるように「人の振り見て我が振り直せ」というのが私たちの常識となっています。しかし、そう言っている私自身は、本当にその通りできますか?という点は、案外、見過ごされがちです。
八神先生のお寺の隣には幼稚園があって、そこの先生と園児たちとのやりとりから、日々このことを教えられていると仰っていました。園への送り迎えの時など、幼稚園の先生が園児たちに対して、いつも「道路を渡る時は、横断歩道を手を挙げて渡りましょう」と、一緒に園の前の大きな道路を横断歩道まで遠回りして渡っているのだそうです。子どもに交通ルールを教える、よくある光景です。しかし、この先生たちは園児たちが帰った後、自分の買い物をするために道の反対側にあるコンビニへ行くのに、横断歩道を渡らずに最短距離で広い道を横切って道を渡っていくのだそうです。皆さんはどう思われますか?

「人の振り見て我が振り直せ」ということならば、「じゃあ私は、これからはズルをせず、きちっと横断歩道を渡ることにしよう」となるはずですが、道も混んでいなくて、大通りを素早く渡れるだけの体力があったら、何も馬鹿正直に遠回りして横断歩道を渡ろうとは思わないでしょう。お話を聞いていた皆さんも笑っていましたが、大人の事情というか、本音と建て前の使い分けというのは、私たちが日常的にやっていることです。
八神先生は「『人の振り見て我が振り直せ』というけれど、そう思っても直せますか?」というのが仏さまの問いかけなんだと言われます。浄土真宗は「直せ」ではなく、「人の振り見て我が振りに気づけ」だと。道徳を中心にした「こうあらねばならない」という生き方は、他人にも自分にも厳しい、とても窮屈な生き方なのではないでしょうか。
仏法を中心とした生き方とは、できてない他人や自分を裁くのではなく、他者の振る舞いを「気づけ」という問いかけであると受け止め、「私も同じような事をやっちゃっているなぁ」と気づかされることによって、他の人と繋がっていける経路となり得るということではないでしょうか。「こんな未熟な私でも、そのことを不問にして、まわりのみんなから受け入れてもらえている」という気づきは、自分の生活を見直してみる出発点となり、肩の力が抜けて心も軽くなるのではないでしょうか。

八神先生は、他人の姿は、自分がいかに独りよがりのあり方をしているかを知らせてくれる、仏さまのはたらきの具体的な現れ(諸仏)なのだと教えてくれています。誰もが孤独と不安を抱えている昨今、理想とする私になって救われるのではなく、自分の立ち位置に気づかされ「私は私のままで良かった」といえる教えこそ、人間を根本から支える本当の救いとなるのだと思います。

※ 残念なお知らせがあります。20年以上にわたって宝林寺の春の永代経と報恩講の法話をお願いしてきた八神正信先生が、病気加療のため、今回の永代経をもって出講を辞退されました。治療が済んで元気になったらまた宝林寺でご法話をお願いしたいと思います。八神先生、長い間、本当にありがとうございました。
この日も大勢の方にお参りいただきました。
八神正信先生。長い間ありがとうございました。
永田や仏壇店の水野さん。
今回のお弁当は健康的な精進料理でした。

声明会の報恩講がおこなわれました。

【期 日】平成29年3月23日(木)午後5時~

宝林寺の法要の時に、おつとめの助音(じょいん)をして下さっている声明会(しょうみょうかい)の皆さんが、会の報恩講をつとめました。
声明会の活動は、月に2回、木曜日の午後からおつとめの練習をして、お彼岸や永代経、報恩講の時にはおつとめの助音をしてくださっています。以前も和讃講(わさんこう)という、おつとめのグループがありましたが、メンバーが亡くなったり高齢化してきたため解散し、その後を引き継ぐ形で前住職(乘白)が皆さんに呼び掛けて始まったのが現在の声明会です。男女合わせて15名ほどの会員がおられます。
この日は、年に一度の声明会の報恩講ということで、お庫裡で正信偈、念仏和讃のおつとめをした後、本堂でDVD鑑賞をし、お非時場で宴会という流れでした。 
声明会では、新規会員の募集も随時おこなっています。宝林寺の檀家さんに限らず、どなたでも参加していただけます。圧倒的に女性が多いので、男性会員は特に大歓迎です。興味のある方は宝林寺までご連絡ください。 詳しくは電話かメールにて。
電話:0566-92-0485 メール:hourin@katch.ne.jp
おつとめが始まる前の一コマ。和やかな雰囲気です。
報恩講ということで、打ち敷、朱蝋(しゅろう)を用います。ご家庭での報恩講の時も同様です。
本堂に移動してDVD鑑賞。
お非時場に移動して宴会です。1年間ご苦労さまでした。

墓地西側斜面の雑木の焼却作業を行いました。

【期 日】平成29年3月23日(木)朝8時~11時
 
春らしい陽気となったこの日、早朝より役員・世話方の皆さんに集まっていただいて、先日、七楽園さんに伐採をしてもらった宝林寺墓地西側の雑木の焼却作業を行いました。当初は22日に作業を予定していましたが、21日に大雨が降ったため、一日延期をしての作業となりました。
田舎ならではの大らかさがあるこの辺りでも、樹木などを燃やしたりすると通報される恐れがあるため、町内会を通して消防署の許可を得て焼却作業をしました。ゆるやかな風が吹く穏やかな天候だったため、しばらく乾燥させておいた雑木は、たいへん良く燃えます。一昨日の雨で、田んぼはかなりぬかるんでいましたが、かえって周りへの延焼の恐れもなく作業もはかどりました。この日は、10時より安城市総合斎苑で葬儀があったため、私(知見)は、最初の1時間ほどしか作業を手伝えませんでしたが、11時過ぎに帰って来た頃には、皆さんが撤収した後でした。午前中いっぱいはかかるのではないかと思っていましたが、予想以上にスムーズに作業ができたようです。
作業をしていただいた役員・世話方の皆さん、どうもありがとうございました。
これと同じくらいの木の山が8カ所ほどあります。予想以上にスムーズに作業が進みました。
燃え残らないように、人の手で火の上に木をかぶせてやります。結構な熱量なので、僕(知見)の髪の毛も一部縮れてしまいました。(-_-;)
今回、監督的な役割をしていただいた横山信男さんは元消防署職員です。さすがに火の扱いが上手です。

婦人会春季彼岸会

【期 日】平成29年3月14日(火)午前9:30~・午後1:15~
【法 話】鈴木 聡 師(安城市石井町 明水寺住職)
 
3月とは言え、肌寒い一日となったこの日、婦人会春季彼岸会が勤まりました。婦人会役員さん達は、先日のおみがき奉仕に引き続き、早朝より準備にあたってくださり、昼には美味しいお斎(とき)をみんなでいただくことができました。どうもありがとうございました。
お勤めの後は、安城市石井町の鈴木 聡 師(明水寺住職)に午前・午後にわたってご法話をいただきました。今回は「罪福信(ざいふくしん)」をテーマに、いろいろな例を引きながらお話をいただきました。

私たちは善因善果・悪因悪果という、因果の道理を信じています。これは「善いことをすれば善い報い、悪いことをすれば悪い報いがもたらされる」ということで、常識的な考えです。例えば「人命救助をしたら感謝状が贈られた」、「罪を犯したため逮捕された」というように。
しかしこれを宗教(私の救いの成否)に持ち込むことを「罪福信」といい、親鸞聖人は「問題あり」と言われます。「お墓参りをして先祖を大事にすれば、災いから逃れられる」、「交通事故に遭ったのは、3代前の先祖の供養を怠っているからだ」というのは、これは滅茶苦茶な理屈でしょう。でもいざ自分に不幸が降りかかってきたりすると、「ひょっとしたらそうかな?」と不安になる人は多いのではないでしょうか。ここが問題の出所です。

つまり罪福信とは「自力の信心」の別名です。厳しい言い方ですが、これは「私の救われ方はこうだ」と自分で決めつけて、思い通りになるように、神さま・仏さま・ご先祖さまの力までも利用するという傲慢なあり方かもしれません。お墓参りや法事などの供養を熱心におこなうことは、一般的に「善いこと」とされ、普通は問題にされません。その心のありようまで厳しく問うのは、私たち浄土真宗の親鸞聖人くらいではないでしょうか。

今回の鈴木先生のお話で、特に印象に残ったのは、昨年の7月、相模原市の障害者施設に元職員が押し入り、十数名の入所者を殺害した事件がありました。ショッキングな出来事だったので、ワイドショーなどで大いに話題になりましたが、実はその一週間ほど前に、同じく新聞の一面で報じられた、「胎児の出生前診断で、ダウン症の陽性反応を示したケースでは、94%の親が人工妊娠中絶をした」というニュースは、ほとんど話題とならなかったというお話でした。
先生は、この二つのニュースの当事者たちは、犯罪であるかどうかという大きな違いはありますが、「障害者は不幸だ、彼らの存在は他者も不幸にする」という価値観を確信しているという点で、共通しているのではないかと言われます。この事件の容疑者は、凶悪犯罪者として世間から指弾されましたが、後者の親たちが特に目立った批判がなされなかったのは、普段は意識していませんが、実は私たちも、彼らと同じ価値観を共有しているということなのではないでしょうか。これは重い問いかけです。もし私が、出生前診断を受けた親の立場だったら、「それでも産んで欲しい」とは、なかなか言えないだろうと思うからです。皆さんだったらどうでしょうか?
しかしその後のお話で、ダウン症の我が子を育てているお母さんの言葉を紹介して下さいました。「我が子がダウン症だと診断された時は目の前が真っ暗になりました。これからどういう子育てをしていったら良いか見当もつかず、不安に押しつぶされそうでした。しばらく毎日泣いて過ごしていましたが、ある時からこの事実を受け入れて、子育てをしていく覚悟を決めました。この子には健常の兄弟もいますが、育ててみればみんな一緒。この子は私の宝物です」と言われたそうです。

この言葉は、「こうでなければならない」という自分の価値観に固執することこそ問題ではないのか、と私たちに問いかけています。自分の望む救いの形ではないかもしれませんが、当たり前にしている自分の価値観が揺さぶられたり、自分がいかに曲がった考えをしていたか知らされて、そこから一歩を踏み出していけることこそ、本当の意味で「救い」となるのではないでしょうか。
鈴木 聡 師。午前・午後4席にわたってお話いただきました。
今回よりお寺のスタンプカード「極楽カード」を導入しました。
午後のおつとめ。声明会の皆さんが助音をつとめて下さいます。
賑やかにお彼岸のひとときを過ごすことができました。

春の行事に向けておみがき奉仕

【期 日】平成29年3月12日(日)朝8時~9時
【担 当】婦人会役員さん・8~13班(北根)の連絡員さん

だいぶ暖かくなってきたこの日。春の行事に向けての本堂の仏具のおみがき奉仕をしていただきました。宝林寺では、婦人会の皆さんに年4回ほど仏具のおみがきをお願いしています。先回は、昨年の報恩講の前にお願いしたので4ヶ月ぶりのおみがきです。
大谷派の特徴である真鍮製の仏具は、磨けば鋭い金色に輝くのですが、とても酸化しやすく、ご家庭のお内仏(お仏壇)では、ブロンズ色になってしまっている場合もあります。そこまで酸化皮膜が付着すると磨くのも大変なので、春・秋のお彼岸、お盆、お正月の前くらいを目安におみがきをすると綺麗な状態をキープできると思います。また、ご法事などをつとめられる場合もおみがきをしていただいた方が良いでしょう。
宝林寺では、昔から“アルボン”という練り歯磨き状の金属磨きを使用していて、小豆大の薬剤をウエスに取って力を入れて磨きます。仕上げは新聞で拭き上げることによって鋭い光沢を放ちます。
この日は、小一時間ほど作業をしていただき、お茶とお菓子で一服していただいた後、解散となりました。これで春の行事を迎えることができます。ご協力ありがとうございました。
お寺で使う大きな仏具は、おみがきをするのも大変です。
手慣れた様子で作業していただいています。僕(知見)の同級生のお母さん達の年代です。
鋭い光沢を放つ真鍮製の仏具たち
お茶菓子を食べながら一服。お疲れさまでした。

西側斜面の樹木の伐採作業

【期 日】平成29年3月4日(土)

懸案だった、西側斜面の樹木の伐採作業をおこなっています。数年前に一度、業者さんに伐採をしてもらっているのですが、日当たりがよくなったこともあって雑木の伸びも速く、すでに隣の田んぼにもはみ出している状況でした。そこで今年度より町内檀徒の皆さんに、樹木の伐採費用として経常費を1,000円ずつ上乗せしていただいたことにより、この事業を予算化することができました。
今回、作業にあたってもらっているのは、境内の剪定もお願いしている城ヶ入町の七楽園さんです。作業員4名が、本日早朝よりチェーンソーなどの道具を駆使して、隣接する田んぼとの境界にある悪水にかぶらないように 刈り込みをしてくれました。さすがにプロは仕事がスムーズで、明日にはほぼ伐採作業が終わりそうな感じです。
伐採した木は、しばらくの間、西側の田んぼに広げて乾燥させた後、田植えの準備が始まる前には、田んぼで燃やす予定です。当然、町内会には届出をして許可を得てから作業をします。
いずれは、ただ木を燃やすだけではなくて、「どんと焼き(左義長)」や、東北の「芋煮会」のような形でイベント化できたら楽しいだろうなぁ、などと考えています。また皆さんもご意見をお寄せ下さい。
1メートルほどの幅がある悪水があるため、板を渡して少しずつ作業を進めていただいています。
この斜面は、およそ150メートルほどの距離があります。
田んぼに剪定した樹木を寄せてしばらく乾燥させた後にこの場所で燃やす予定です。
七楽園の大将。夕方、作業の進捗を確認に来ていただきました。

花まつり誕生会(たんじょうえ)

【期 日】平成28年4月29日(金)午前10:30~ 午後1:15~
【法 話】本田康英 師(岡崎市 萬徳寺住職) 
平成27年生まれの赤ちゃんと、お父さんお母さんと一緒に誕生仏に甘茶をかけました。
「宝林寺だより」もご覧ください。

4,信心の行者と浄土・僧伽・国家・教団との関係

大谷専修学院 竹中智秀院長 【歎異抄講義】㉔
浄土の問題について、正面きって問題にされた先生の一人に、金子大榮先生がある。先生は『浄土の観念』で、異安心問題を問われ、宗門追放の処分を受けられてもいる。先生は、その中で「二つの教会論」を展開されている。それは1,「見える教会」と、2,「見えない教会」である。

「見える教会」とは、かつての本願寺を中心とした本願寺教団のことであり、それは社会的に存在する教会である。その時、「見える教会」に所属する人々は皆、如来の子として御同朋である。しかし、この教会に所属しない人々は、例えばキリスト教とか、真言宗とか等々は、いきなり御同朋ということにはならない。

「見えない教会」とは、それこそが如来の願心によって荘厳されている、真実報土としての浄土である。その「見えない教会」としての浄土においては、皆が如来の子として御同朋なのである。金子先生は、その「見えない教会」としての浄土を、「永遠の教会」としながら「観念界的浄土」とされている。実はこの「見えない教会」が、「見える教会」の根拠となっている。だから我々は、有縁の念仏者より念仏を勧められ、我々自身も如来の本願に遇い、この「見えない教会」としての浄土に目覚める時、信心の人となれる。

その信心の人々によって作り出されるのが「見える教会」である。そのため、「見える教会」に所属する者は、「見えない教会」を知らないため空過する世間の人々に、その「見えない教会」のことを知らせ、一人ひとりが如来の子であることに目覚めて、「見える教会」に参加することを勧める使命がある。金子先生は、『浄土の観念』において、そのように強調されている。先生が使命とされている「見える教会」こそ、親鸞聖人が願われた、僧伽としての和国である。

先生がこの『浄土の観念』で異安心問題を問われたのは、昭和のはじめである。教団を追われた先生は、昭和16年に赦されて教団に復帰されている。その先生も、第二次世界大戦中は、浄土を根拠としないで、「見えない教会」を根拠としないで、どうしたことか国家を根拠にしながら「見える教会」を論じてしまわれた。どうしてこういうことが起きたのか。それは、本願寺教団は、そのまま僧伽ではなかった。そのため、浄土と国家との関係が曖昧であった。この問題は、戦後になってはじめて問われるようになっている。

我々一人ひとりは、1,念仏者(=信心の行者)であり、2,教団人であり、3,日本人でもある。根本は、念仏者(=信心の行者)として、阿弥陀如来とその浄土との関係がどうなっているかである。念仏者(=信心の行者)も、社会の中で、業縁によって「何をなすか」という仕事がある。その仕事を縁としながら、「如何になすか」ということにおいて、阿弥陀如来との関係の中で、どのように念仏を相続していくか大きい使命がある。そのことを課題にし続けていくしかない。

《平成6年(1994年)12月4日》
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