冬の行事

婦人会報恩講がつとまりました。

【期 日】平成30年11月29日(木)午前9:30~・午後1:15~
【法 話】渡邉尚子 師(豊田市 守綱寺坊守)

11月下旬とは思えない温かい1日となったこの日、婦人会報恩講を行いました。婦人会の皆さんは、11月中旬のお寺の報恩講に引きつづき、前々日よりお華束づくりやお斎づくりなどの準備をしていただきました。役員さんたちの声かけのお陰もあって、この日は大勢の方にお参りいただきました。ありがとうございました。

法話は、ここ数年は渡邉尚子先生にお願いしています。尚子先生の法話は、家庭で起こる日々の出来事や、お寺にみえた方との会話を通してご自身が感じた喜怒哀楽を、感情豊かに交えながら話してくださいます。リアリティがあり、参加者も多くは女性なので共感できる部分が多いのではないでしょうか。

たとえば、ふだん遠方に住んでいる先生の次女が、出産のため2歳の子を連れて一時帰って来ているので、現在は長女夫婦の一家と合わせてお寺で10人で暮らしているそうで、その外孫の2歳の子に家中が振り回されているという話がありました。2歳の子の思いは、自分より小さい赤ちゃんが登場したため、みんなの関心が奪われることを激しく嫌がって「見ちゃダメ!だっこしちゃダメ!」と言うとか、「出そうになったら教えてね」と何度いっても布おむつの中でオシッコをしてしまった後に「ざんねんむねん 不覚のいたり」と絵本『どろぼうがっこう』の中のセリフの真似をするので「そんなに口が達者なのに、どうしてこんな簡単なことが言えないの!」とイライラしたりなど、その時の光景が目に浮かぶような話題がふんだんに出てきます。

お話をお聞きして、うちの子は現在中学生になりましたが、まだ赤ちゃんだった頃のことを懐かしく思ったり、子どもの言動は分かりやすいけれども、結局、思い通りにしたいというのは、自分も含めて大人もいっしょだなぁと、当時も考えていたことを思い出したりしました。また自分自身も、覚えていませんがそうやって周りを振り回し、そのことを許されながら育ってきたに違いないと思わされます。

先生は、報恩講の「恩」という漢字は、「因」と「心」から成っていますが、「因」はさらに「口」は布団を表し、「大」はその上で人が大の字になって安心して寝転がっている様子なのだそうです。「心」は「愛情を持って慈しむ」ということで、二つを合わせると「恩」とは、「自分がこうして今までこられたのも、慈しみ育てていただいたお陰であった」と気づくということだとおっしゃいました。思い通りになって良かったということでなく、今までいろいろあったけれども、ムダなことは何一つなかったと受け止められたということなのでしょう。

以前、戸松憲仁先生が、なぜ私たちには仏法聴聞が必要かということについて、私たちは自分のことは棚に上げて、他人のアラはよく見える。しかしそれを本人に直接言ってあげることは難しい。なぜなら人はプライドがあるため素直に聞けないからだと。だから仏法聴聞によって自分の姿を知らせてもらう必要があるという旨のことを言われていました。
生育歴も価値観もちがう他者と共に生きていくということは、利害の調整だけではムリです。相手もまた自分と同じように不完全で、それゆえに仏さまから「あなたはあなたに成れば良い あなたはあなたで在ればよい」と願われている存在であることを憶念しつつ歩んでいくことが大事だと思います。

今回は、平凡な日常の中にこそ、自身の尊さに目覚めていく材料があふれていると、あらためて思わされるお話でした。
お斎の準備。今月中旬のお寺の報恩講に引きつづきご奉仕いただきました。
渡邉尚子 先生。
今回は例年以上に大勢の方にお参りいただきました。
お斎の様子。どれも美味しく作っていただきました。

岡崎教区第15組 本山御正忌報恩講団体参拝

【期 日】平成30年11月27日(火)・28日(水)
【行 程】(27日)15組各地 → 伊勢湾岸道・新名神・名神高速 → 園城寺(三井寺)→ 比叡山延暦寺 → 琵琶湖温泉 緑水亭(宿泊)
(28日)緑水亭 → 東本願寺 結願日中参拝 → がんこ三条店(昼食)→ 二条城→ つけもの西利(買い物)→ 名神高速・新名神・伊勢湾岸道 → 15組各地
【参加費】一人30,000円

11月下旬とは思えない暖かさに恵まれたこの両日、岡崎教区第15主催の「本山御正忌報恩講」の団体参拝が行われました。15組の団体参拝は、ここ最近は日帰りと1泊2日を1年おきに計画しています。今回は大型バス1台 40名の方が申込をされ、宝林寺からは住職と杉浦秋男さん(15組門徒会長)ほか2名の方が参加してくださいました。

初日の大津市の園城寺(三井寺)へは、今回はじめてお参りさせていただいたのですが、紅葉も美しくとても良い雰囲気でした。お寺の方が、本願寺と三井寺の関わりや、源右衛門・源兵衛親子の首と引き替えに、比叡山の迫害から逃れるために三井寺で預かってもらっていた親鸞聖人の御真影を取り返したエピソードも話してくださり、先日の当山の報恩講で、ちょうど講師の梛野さんが紹介してくれたところだったのでタイムリーな話題だったのも良かったです。

延暦寺に参拝した後は、琵琶湖近くの旅館へ移動し、温泉と宴会を堪能しました。

2日目には、結願日中(けちがんにっちゅう)に参拝しました。これまで何度も本山の報恩講へはお参りに来ていますが、最終日の御満座(ごまんざ)は初めてで、坂東曲(ばんどうぶし)という、大勢の声明方(しょみょうかた)が、体を前後左右に大きく揺らしながら大音量で行うお勤めも聞くことができました。満堂の御影堂に響くおつとめの声は圧巻でした。→板東曲の様子はこちら

今回は、比較的移動距離も少なかったのもあって余裕のある計画でよかったです。また来年も日帰りで本山の団体参拝が計画されるので、次回はぜひ一緒にお参りしましょう!
三井寺の紅葉。はじめて訪れたのですがとても雰囲気がいいです。高台からは琵琶湖が望めます。
御影堂がわから御影堂門を見たところ。知恩院と南禅寺とこの東本願寺の御影堂門は京都の三大門と言われています。
御影堂の向こうに阿弥陀堂が見えます。御満座では御影堂が満堂になっていました。
法要が終わって記念撮影。みんないい顔です。

報恩講がつとまりました。①

【期 日】平成30年11月15日(木)~17日(土)

今年度の報恩講を、多くの檀信徒の皆さまのご協力により無事おつとめすることができました。今年は天候にも恵まれ、また異様に温かく、ストーブもほとんど使わずに3日間すごすごとができました。
ありがとうございました。 m(_ _)m

◆ 報恩講初日に上映の NHK「100分de名著『歎異抄』」へのリンク(dailymotion)
第1回 人間の影を見つめて 
第2回 悪人こそが救われる!
第3回 迷いと救いの間で第4回 人間にとって宗教とは何か

報恩講がつとまりました。②

【期日】平成30年11月16日(金)午前9:30~・午後1:15~
【法話】梛野明仁 師(西尾市本澄寺住職)

報恩講2日目は、梛野明仁先生にご法話をいただきました。梛野さんとは、私(知見)が平成10年(1998年)に北海道から宝林寺へ帰ってきて、仲間を求めて岡崎教区児童教化連盟(児連)に顔を出すようになって以来の付き合いです。15年以上に渡って当山のさまざまな法座に出講していただいていますが、当時から「絵解き」や「節談説教」など伝統的な真宗の説教のスタイルで異彩を放っていました。最近はさらに薩摩琵琶の弾き語りを取り入れたり、プロジェクターも使うなど「いかに伝えるか」を常に探求する姿勢には頭が下がります。

今回は、親鸞聖人の御木像である「御真影(ごしんねい)をめぐる物語」というテーマで、碧南市西端の榮願寺さんに伝わる蓮如上人絵伝(複製)を持ち込み、これまで先人たちがどうやって真宗の伝統を伝えようとしてきたかという視点でお話いただきました。

真宗教団は、今でこそ国内最大の勢力を誇る既成仏教教団ですが、親鸞聖人から数えて3代目の覚如上人[1271~1351]が本願寺を開かれた時には、天台宗の末寺としてスタートしたのでした。8代目蓮如上人[1415~1499]の活躍により繁昌した本願寺は比叡山に妬まれ、武力によって破壊されてしまいます。[1465]

また聖人の御真影の保管を10年にわたって依頼していた三井寺は、本願寺門徒が参詣に訪れたため大いに賑わいました。山科に本願寺を再建し、蓮如上人の命を受けた西端出身の佐々木如光が御真影の返却を求めたところ、御真影を我が物にしたい三井寺万徳院に拒否されてしまいます。「生首を二つ持ってきたら御真影を返してやる」との無理難題に対し、熱心な門徒の堅田の漁師 源右衛門が息子である源兵衛の首を差し出して御真影を取り返したという伝説を、薩摩琵琶の弾き語りで紹介してくださいました。

また越前吉崎に伝わる「嫁おどし肉付きの面」や、吉崎御坊が炎上した際、蓮如上人が自室に置き忘れた「教行信証 証巻」を、弟子の本光坊了顕が燃えさかる火の中に飛び込んで命と引き替えに守ったという「腹籠りの聖教」の伝説なども節を付けて情感たっぷりに語ってくださいました。

また、教如上人[
1558~1614]が、烏丸七条の土地を徳川家康から寄進されて東本願寺を開く際、1603年に厩橋 妙安寺(現在の群馬県前橋市)から親鸞聖人の御自作と伝えられる御真影を運ぶ役割を果たしたのが、西尾市中町にある聖運寺(しょううんじ)初代の唯宗であること。聖運寺さんの本堂には「聖人奉運寺」という額が掲げられていることなど、地元の人でもあまり知られていない史実を教えていただきました。

今回の梛野先生のご法話をお聞きして、大谷専修学院の竹中智秀先生が言われていたことを思い出しました。

我々は聖人を偉大な念仏者として個人崇拝しがちである。しかしそれは間違いである。聖人の背後に聖人を支え、励まし、立ち上がらせ、歩み続けさせた、多くの田舎の同朋たちが存在していることを忘れてはならない。『教行信証』等を読む時に、その一字一字に、その行間に、仏法のために身命財を投げ出した田舎の同朋たちが存在することを読み取ることがいちばん大事なことである。 (竹中智秀先生「歎異抄講義」

報恩講とは、親鸞聖人の遺徳を偲ぶとともに、自分にまで伝えられた念仏は、この教えによって生きる力を与えられた先人たちの、まさに命懸けの努力によって伝えられてきていることに改めて思いを馳せる機会でもあると思いました。

報恩講がつとまりました。③

【期日】平成30年11月17日(土)午前9:30~・午後1:15~
【法話】浄光法義 師(石川県河北郡津幡町 善西寺)

報恩講最終日は、浄光法義先生に午前・午後にわたりご法話をいただきました。昨年の暁天講座で、現在も本堂に掲示してある「聴聞の心得」というお話をいただき、その真摯な姿勢に感動し、ぜひ報恩講の法話をお願いしたいと思い、今回来ていただく運びとなりました。

お話の冒頭、浄光先生は、石川県出身の自分が、18年前 本山の職員である宗務役員として岡﨑教区に赴任して、当時たまたま役で教務所に出入りしていた私(知見)と出遇ったことがきっかけで今回、当山で法話をさせてもらうことになったことは不思議な縁であるということを言われました。

先生のご自坊は能登地方の山の中にある過疎地で、若者は仕事をもとめて金沢や名古屋、大阪に出て行ってしまうので、すでに先生が通っていた保育園、小学校、中学校も廃校になったこと。お寺に所属してくれているご門徒は14軒なので、もともと自坊の仕事だけではお寺が維持していけないこと。いずれは自分のふるさとはご門徒もゼロになっていくだろうと仰いました。

「そういうお寺に生まれて、ずーっと思っていたのは、自分はこのお寺をいつまでやっていかなければならんのやろうということだったんです。そう思った時に、門徒さんが一人になってでも、このお寺の本堂。ここが大事だと、ここがその人にとって手を合わせて心が静かになる、温かくなる場所であるならば、お寺というのは必要な場所だなあと。だから最後の一人までお寺というのはちゃんと存続していかなきゃならんなあと、いい意味では思います」と静かに語る言葉の中に、一本筋が通ったものを感じました。

仏法聴聞ということについて、「聴聞には、“聴”と、“聞”と二つの“きく”という字が使われています。聴の方は“一生懸命に集中してきく”、聞の方は“きき流す”“自然と耳に入ってくる”というような意味になると思います。皆さんは仏法聴聞という時、どちらの“きく”で聞いてもらってますか?」と質問されました。それぞれ手を挙げてくださいと促したところ、「聴」に手を挙げた方が7割ちかくおられました。こういう根本的な問いは、面白いなあと思いました。

「どちらも大切ですが、あえて一つというなら、私は“聞”の方の聞き方でいいと思います。皆さんは正信偈のおつとめができますね。あれは集中して必死で覚えたものですか?そうではないですね。朝夕のおつとめで何度も何度も繰り返すうちに、自然に本を見ないでも読めるようになったりするでしょう。だからゆったり聞いてもらえばいいんです。途中で寝ちゃってもいいんです。仏法は毛穴から入るんですよ」と言われました。学校教育の延長というか、聞いたことはちゃんと覚えていなければならないという固定観念が抜きがたくあることが、聴聞をむつかしく考えたり、お寺に足を運ぶことから遠ざけているのかもしれないと感じました。

浄光先生は言われました。「仙台出身のお坊さんで東義方(あずまよしかた)さんという方がおられました。毎日たくさん歌を詠まれた方です。東さんが亡くなった時、お友達が『聞楽』(もんぎょう)という詩集にして出されたんです。私もご縁があって一冊いただいたんですが、その中の一つの詩をご紹介します。

指一本けがをしても 全身が痛みを覚えるように
子が苦しみに沈む時 親は悲痛の涙を流す
しかし子は  そのことを知らない

子どもが悲しんでいれば、両手で抱きかかえて守ってやりたいと思います。子どもが本当に苦しい、辛い目に遭っているのを知ったら、親は我が身が代わってでも救ってやりたいなあと思う。実際は代わってあげることはできないけれども、そう思うのは親の心であり、思いです。しかし子は、親がそれほど思っていることを知らないということをこの詩では言ってるんですね。

実はこの詩には続きがあるんです。

指一本けがをしても 全身が痛みを覚えるように
子が苦しみに沈む時 親は悲痛の涙を流す
しかし子は  そのことを知らない
我ら衆生が如来の大悲を知らないように
なんと無残

 親が子を願っておってくれるように 仏さま、亡き人は私たちを願っておってくださる。しかしその願いに  なかなか気づくことができん。なんと無残。悲しいことだなあ。そういうふうに東さんがおっしゃるんですね。いま「人身受けがたし」といわれるように私たちは人間として生かさせてもらっている。この世に命をいただきながら、自分の思い、自分の眼(まなこ)でしかものごとを見ておらない。自分の都合で生きておるそういう我が身が“ほんとうにそれでいいのか?”と 問われておるような気がするんですね。」
最前列は声明会の皆さんです。この日のために練習を重ねてきました。
「これはメロンパンじゃなくて亀ですよ!」とユーモアも交えて話してくださいました。
今年も大根がよく味がしみておいしかったです。
役員の皆さん。3日間通してお参りいただきました。

龍厳院釋抱惠100回忌・染香院釋尼順信17回忌

【期 日】平成30年2月25日(日)午後3時30分~

寒さも一段落したこの日の午後、当山の十二世住職と前々坊守の法事を勤めました。親戚の皆さんの他、当山の役員の皆さんにも檀信徒の代表として参詣していただきました。

今回は十二世住職 抱惠の百回忌ということで、彼の在世中に経験した明治政府による神仏分離令から廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)への流れや、それに対する抵抗として、根崎のすぐ近くで起こった大浜騒動(鷲塚騒動)について少し調べてみました。(
「宝林寺だより」を参照)

民衆を巻き込んだ廃仏毀釈運動というのは、今ではちょっと想像できないくらい苛烈だったようです。廃仏毀釈とは、幕末から明治9年頃にかけて全国的に実施された仏教弾圧のことです。多くの寺院が廃寺になり、仏像などが破壊されました。また僧侶は還俗(げんぞく)させられました。

2001年。イスラム過激派タリバンがアフガニスタン・バーミヤン遺跡の石仏を爆破したのを覚えておられる方も多いと思います。世界中の人々はその行為を非難しましたが、明治初期の日本人も、それに劣らず大規模に徹底的に仏教の破壊を行っていました。

中でも大河ドラマ『西郷どん』の舞台、鹿児島が最も廃仏毀釈が盛んだったそうです。明治7年には県内の僧侶はすべて還俗させられ、寺も全て破壊されたそうです。現在は檀信徒の努力により復興することができた寺や、のちに東西本願寺が積極的に布教活動をしたため、寺院数では破壊前の半分くらいの水準まで回復しているそうですが、それでも他県に比べて圧倒的に少ないそうです。

廃仏毀釈は、歴史の教科書にもほとんど触れられていません。政府としても、大規模な文化財の破壊があったという事実にあまり触れたくないという事情もあるようです。

哲学者 梅原猛は『神殺しの日本』の中で、廃仏毀釈の影響をこのように指摘しています。《この神仏の殺害の報いは今徐々に表れているが、以後百年、二百年経つと決定的になるであろう。道徳を失っているのは動機なき殺人を行う青少年のみではない。政治家も官僚も学者も芸術家も宗教心をさらさらもたず、道徳すらほとんど失いかけているのである。政治家や官僚が恥ずべき犯罪を行い、学者、芸術家も日々荒廃していく世の動きに何らの批判も行わず、唯々諾々とその時代の流れの中に身を任せているのは道徳の崩壊といわねばなるまい》

廃仏毀釈によって、仏教だけでなく日本人の道徳心こそ無残に破壊されたのかもしれません。

“おみがき奉仕”をしていただきました。

【期 日】平成30年2月18日(日)午前8時~
【担 当】婦人会役員、北根①の連絡員の皆さん

寒い日が続く今年の冬ですが、婦人会の皆さんに今年初めての“おみがき奉仕”をしていただきました。通常、春の彼岸会の直前の3月におみがきをしていただいているのですが、この2月に当山の前々坊守と12世住職の法事をつとめるため、この時期に前倒しをしてさぎょうしていただきました。

2年の任期中、何度もおみがきをしていただいているのですが、この3月で役員さんも交代となるので、今回が最後のおみがき奉仕となります。皆さん要領を心得ているので、スムーズに作業をすすめることができました。どうもごくろうさまでした。

平成30年の班長集会が開催されました。

【期 日】平成30年1月30日(火)午後7時~

寒中のこの日の夜、毎年恒例の“班長集会”が開催されました。宝林寺では、町内のご門徒の世帯を30の班に分けて、お寺からのお知らせの回覧、さまざまな集金などを各班毎にお願いしています。班長さんは任期1年で毎年この時期に交代してもらっています。新たに就任いただいた方に集まっていただき、年間行事予定の説明や、班長さんの役割、お寺の目指したい方向などを説明させていただくのが、この集会の目的です。。

特に今年は、お寺の役員さん、寺・本山世話方の顔ぶれも大きく変わったので、その方々との顔合わせという意味もあります。50名ほどの方が参加いただく、法要以外ではいちばん参加者の多い会合です。班長さんからも質問や要望をお聞きし、お寺の目的である“仏法の興隆”ということが、より皆さんにも受け入れやすい方法を検討する大事な機会でもあります。

今回いわれたのは、年に5、6回ほど班長さんを通してお願いしている様々なお志集めを、複数回分をまとめておこなって、負担を軽減してほしいという意見が出されました。行事や法要を催す際には、直前にその行事・法要の意義を説明した回覧を回していただき参加を呼びかけています。予定している集金額はほぼ集まるのですが、だんだん参加者は減少している状況です。役員会で負担軽減と行事の周知をどう両立していくか検討させていただくことになりました。

班長の皆さんには、この1年お世話をおかけしますが、お寺の役に携わることも一つの仏縁とお考えいただき、一座でも多く仏法聴聞の機会を持っていただきますようお願い申し上げます。
お寺の会合なので、議題に入る前に皆で正信偈同朋奉讃のおつとめをします。
寒い中、新しい班長さんと役員、世話方さんなど50名ほどの方が参加して下さいました。1年間お世話になります。

子ども報恩講がつとまりました。

【期 日】おつとめ練習 12/23(土)~26(火)・子ども報恩講 12/27(水)

冬休みに入り、恒例の“子どもおつとめ教室”と、最終日には“子ども報恩講”をおつとめしました。小学生の子たちは、冬休みでも元気にお寺に来てくれて、多い時には40名近い参加者がありました。
実は、今回のおつとめ教室では、一つの事件が起こりました。おつとめ教室の2日目、多くの子は自転車でお寺まで通って来ているのですが、帰り際に自転車の所で二人の女の子が泣いているのを、別の女の子が知らせてくれました。

事情を聞くと、自転車のカゴの中に置いてあったヘルメットに、小石がたくさん詰められていたのだそうです。誰のしわざかも見当が付いているようで、やったのは一部の男の子たちでした。帰り際には、本堂のホワイトボードに、この女の子たちを名指しで傷つけるひどい落書きも書かれていました。学校でのこの子たちの関係性は分からないのですが、これは度を超した嫌がらせです。イジメといってもいい状況だと思いました。この女の子たちには、「明日、男の子たちに謝ってもらうから」と言ってこの日は帰しました。

次の日、正信偈の練習の後で、昨日の一件をみんなが知っていたかどうかを尋ねました。ヘルメットについては、多くの子が帰って行った後のことで、殆どの子は知らない様子でしたが、落書きは半数以上の子が目にしていました。

落書きをした本人が悪いのは当然のこととして、見て見ぬふりをすることも、落書きをされた子からしたら、同じくらい傷つけることになるんだということを話しました。
おつとめ教室では、正信偈の練習の前に、“ちかいのことば”を唱和しています。

わたくしたちは、ほとけの子どもになります。
わたくしたちは、正しい教えをききます。
わたくしたちは、みんななかよくいたします。

という言葉です。これは『三帰依文』を子ども向けにアレンジしたものですが、長年おつとめ教室をやっていますが、迂闊にも、いつもただ読んでいるだけで、この言葉の内容について、子ども達と考えたことはありませんでした。 

今がその時だと思ったので、今回初めて一緒に考えてもらう時間をとりました。
「ほとけの子どもになります」とは、私もあなたも同じように、自分では気づかないけれども、多くの目に見えないたくさんの恵みによって、今ここにいるという事実に目覚めてください、ということだと思う。
「正しい教え」とは、そのことを気づかせてくれる契機のことだと思う。
「みんな仲良く」というのは、ダメなことはダメと、まだ気づいていない人に対して、勇気を出して教えてあげることが本当の友だちだと思う。
というようなことを話しました。あまり伝わらなかったかもしれませんが、人として、越えてはならない一線があることに気がついて欲しいと思い、不十分ながら話しました。

今回の事件をきっかけに思い出したことがあります。もう20年以上も前、京都にある大谷専修学院という、真宗のお坊さんを養成する全寮制の学校に1年間いたのですが、いちばん最初の、院長先生(竹中智秀 師)の歎異抄(たんにしょう)講義で言われたことが今でも記憶に残っています。入学式の後、100人を超す学院生が、自己紹介を一人ずつ順番にしました。講義は
「一大事の課題」というタイトルで、その時の様子を承けてのお話でした。

「多くの人が『声をかけてください』、『友だちになってください』と言っていました。実はこのことが、浄土真宗の“信心”と深い関係があります。親鸞聖人は、信心を具体的に『同一に念仏して別の道なきがゆえに。遠く通ずるに、それ四海の内みな兄弟とするなり』と『教行信証』に曇鸞大師の言葉を引用して書かれています。」
と言われたのです。

同じような経験をした人は分かるでしょうが、素性も分からない、年代もバラバラの人たちと1年間の寮生活を共にすることは、たいへんな恐怖心があります。「友だちになってください」は、その当時の私たちの共通の気分だったと思います。

「そのことが、浄土真宗の信心と深い関係がある」というのは、それまでまったく思いもしなかったことで、「まさにそのことが今の一番の関心事だ!」と思ったことを鮮烈に覚えています。真宗の教えを学ぶということが、初めて生活していく上で実用的な事だと感じた瞬間でした。

今回の事件は、いつの時代の・どこの・誰にとっても共通の関心事は、“自分の居場所”だということを、あらためて思い出させてくれました。お寺のおつとめ教室は、学校とはまたちがう子ども達の世界です。「お寺があって良かった」と大人になった時に思い出してもらえるような、そういう活動をこれからも模索していきたいです。

ちなみにこの日の帰り際に、石を入れた男の子もふざけ半分の口調ではありましたが、「ごめんなさい。もうしません」と言ってくれました。女の子たちも「しょうがないなぁ」という調子で、許してくれたと思います。
おつとめ練習の後は、毎回出席をとります。土・日よりも平日の方が参加者は多いです。
子ども報恩講では、子ども達にいろいろな役割をお願いしています。これは“ちかいのことば”を言ってくれています。
今年は、教区の児童教化連盟をゲストでお願いしました。お話、ゲーム、人形劇を3人のスタッフがやってくれます。
最後は、カレーのお斎です。この日はお非時場の電気系統のトラブルで、直前まで真っ暗でしたが修理が間に合って良かったです。

初穂料のお集め “米奉加”をしていただきました。

【期 日】平成29年12月9日(土)・10日(日)
【担 当】寺世話方の皆さん

いよいよ年の瀬となった12月の第2土曜・日曜の両日、寺世話方の皆さんに、初穂料のお集めをしていただく“米奉加”をしていただきました。宝林寺のある安城市根崎町では、12月の第1日曜に八幡神社、第2日曜に宝林寺、第3日曜に観音寺(浄土宗)という順番で初穂料をお集めしていただくのがこれまでの慣例となっています。
この米奉加は町内全戸をまわっていただくので、檀家さんの家だけでなく、他のお寺の檀家さんの所にも伺います。寄付していただく金額の目安は500円です。
これまでは「同じ町内にあるお寺のことだから」と多くのお宅では寛容な態度で寄付に応じていただくことができていたのですが、最近、特に若い世代の方が住む世帯では、米奉加といっても意味が分からず、世話方の皆さんにはその都度、用意した米奉加の主旨を説明した紙を渡してもらい、寄付のご協力をいただいていますが、こういう形で寄付を集めに行くことが、年々むつかしくなっていると感じます。だんだんと地域の繋がりが希薄になってきているということでしょうか。

集めていただいたお金は、12月11日(月)の夜に世話方さんに持ち寄っていただき、本堂で一緒に正信偈同朋奉讃のお勤めをしてご本尊にご報告をしたあと、お非時場でささやかな慰労の会食をしました。
共にお酒を飲みながら話を伺ってみると、世話方さんは、町内の方々と直接会って話を伺うので、寺にいてはなかなか耳に入ってこないような意見なども聞けて、とても有意義でした。

例えば、若い方からは「お寺があるなんて知らなかった」という声もあったそうです。観音寺さんは保育園もされているので、若い世代には親しみがあるにしても、「宝林寺があることは知っていたけれども、何をしているかは知らなかった」ぐらいに思われているだろうと思っていたのに、存在すら気づかれていなかったとは!(笑)。世話方さんからは「アピールが足りないよ」と言われました。これは早急に存在感を示すような取り組みを考えていかねばと思いました。

また、報恩講にお備えしたおさがりのお餅を、世話方さんに町内全戸に配っていただくのですが、この時に12月の米奉加の予告も袋に一緒に入れてはどうかなど、生産的な意見も聞くことができました。

また、年末の恒例行事“除夜の鐘”については、これまで何十年も大晦日の紅白歌合戦が終わる頃から鐘をつき始めていました。根崎町の神社の大晦日の行事の特徴ですが、厄年の人が中心となってもの凄く豪華な振る舞いがあるのです。酒、ビール、アイスクリーム、おでんなど、無料か、または有料でも格安で提供されるので、みんな神社に行ってしまって、神社からは少し距離のある宝林寺に除夜の鐘をつきに来る人は、残念ながらごくわずかという現状です。
そこで言われたのが、「いっそのこと、神社と競合しない明るい時間帯にやったらいいんじゃないか」という提案でした。最近は「鐘つきの音がうるさい」という騒音に対する苦情がもとで明るいうちに除夜の鐘をついているお寺もあると聞きますが、かえって昼間なら小さい子どもさんでも参加できるので、若い世代の方に、お寺に対してより親しみを持ってもらえるかもしれません。これも十分検討に値する意見だと思いました。

世話方さんには、お寺の役を担っていただいたことによって、町内の方々の本音を教えていただいたり、また住職の、目指したいお寺の姿についても聞いてもらって、ちょうど町内の皆さんとお寺の橋渡しをするいう役割をしていただいています。あらためて頼もしく、ありがたく感じました。
世話方さんは、この月末で半数の方は任期満了となります。役が終わっても、今後ともどうかよろしくお願いいたします。
初穂料を持ち寄り、ご本尊に報告の法要をしているところ。一緒に正信偈同朋奉讃のお勤めをしました。
町内の皆さんに伺ったいろいろなご意見を聞かせていただき、とても有意義な一時でした。

婦人会報恩講がつとまりました。

【期日】平成29年11月29日(水)午前9:30~・午後1:15~
【法話】渡邉尚子 師(豊田市守綱寺坊守)

この時期としては暖かく、穏やかな1日となったこの日、婦人会報恩講が午前・午後の日程でつとまりました。婦人会役員さん・教化委員さんは、前々日よりお華束づくりやお斎の支度のため、早朝より作業してくださいました。おかげさまで、この日は多くの参詣の皆さんと、賑やかに報恩講をお勤めすることができました。

親鸞聖人がつくられた正信偈 和讃のおつとめをみんなでした後は、渡邉尚子先生よりご法話をいただきました。尚子先生には、ここ数年来 婦人会報恩講に来ていただいていますが、仏法と生活がどう関係しているのか、ご自身の家庭での出来事などの話題を、女性ならではの視点でお話しいただけるので、とても共感しやすいです。

「私たちが生活していくということは、人・モノ・コトと日々出遇っていくということです。でも私たちは“自分の都合”という色眼鏡を通して見ているので、ありのままに物事を見ることができないのです。人・モノ・コトとの出遇いは、自分の姿を教えてもらうという意味があります。そして安心して本来の自分(=煩悩具足の凡夫)に帰らせてくれるのが、ナムアミダブツというはたらきなんです。」先生のお話を伺って真宗の視点から見直すと、日常のあらゆる出来事をキッカケとして、本来の自分に帰って行ける道が、お念仏の生活なんだと思わされます。

*       *       *

  尚子先生が高校生になった頃の事、桑名別院の仏教青年会という集まりに初めて参加されたそうです。座談会で若者たちが、社会の矛盾や不満などを口々に語るのを黙って聞いておられた訓覇 信雄(くるべ しんゆう)先生がポツリと言われた、「そういうお前はどうや?」といわれた情景が、今も忘れられないといわれます。何十年も前の出来事を大事にしてみえることに驚かされるとともに、この言葉はお念仏からの問いかけの具体的な形だろうなと思いました。

私も理不尽なことに遭遇した時などに「何故自分がこんな目に遭わなければならないのか」という考えが沸き起こって来ることがよくあります。そういう時に小さな声で「ナンマンダブツ」と言ってみるのです。怒りを抑える為の道具みたいにお念仏を使っているわけですが、称えたお念仏を自分の耳で聞く時、「そういうお前はどうや?」と仏さまから問いかけられていると感じることが、“まれに”あります。
辛いことには変わりありませんが、「今すぐには分からないけれども、このことにも何かしらの意味があるのではないか」と、少しだけ前向きになれる気がします。蓮如上人の『御文』に「ねてもさめても 命のあらんかぎりは 称名念仏すべきものなり」とあるように、どんなきっかけでも、ふと思い出した時に、お念仏は称えればよいのではないでしょうか。

私たちは、「自分の思い通りになることこそが幸福だ」と考えています。実際には思い通りにいく事の方が少ないため、そこに立っているかぎり、不満と孤独を免れません。今回、尚子先生のお話を伺って、思い通りにならない現実を通して、自分が凡夫であることに目覚め、縁ある周りの人を仏さま(諸仏)として見出していくことの、大切さと困難さをあらためて思いました。
前々日についたお餅をお華束としてお備えします。
渡邉尚子先生。
お斎の風景。
お華束は、おさがりとして婦人会の会員さんに配られます。

報恩講がつとまりました。

【期 日】平成29年11月15日(水)~17日(金)
【法 話】梛野明仁 師(16日)・鶴見榮鳳 師(17日)

 穏やかな晴天に恵まれて、今年も無事に宗祖 親鸞聖人の祥月命日の法要 報恩講をお勤めすることができました。お寺の役員・世話方・婦人会などのお役に就いている方をはじめ、声明会や大勢のご門徒の皆さんのご協力をいただきましたこと、お礼申し上げます。

 以前、このホームページにも書きましたが、昨年“未来の住職塾”という、これからのお寺のあり方を考える超宗派のセミナーに参加してきました。このセミナーは「寺院の経営」という視点から、これまで受け継がれてきたお寺の価値を再確認し、将来にわたって安定的にお寺を受け継いでいくためには、どういう発想やサービスの提供が望まれるかということを、いろんな宗派のお坊さんと話し合い、各お寺が独自の「寺業計画書」を1年かかって練り上げ、実行していくというものです。

日ごろは、同じ宗派の真宗大谷派の方としか接する機会が無いので、このセミナーではさまざまな宗派のお寺の様子や、課題などをお互い話し合い、とても刺激を受けました。宗派は違っても、これからの時代こそ、社会にとってお寺が必要だという熱い思いは、参加者のお坊さんみんな共通だと感じました。

このセミナーで、得られた気づきはいろいろありますが、特に「お寺の使命」ということと「リーダーシップ」という2点が印象に残っています。
「お寺の使命」について、このホームページの「由緒と歴史」コーナーに、この宝林寺がどういう経緯で建立されたか記しておきましたが、あらためてこれからこの宝林寺が、地域社会にとってどういう意味があるのかを明確にしたうえで寺業をすすめていくということです。これがすべての寺業計画の出発点であり、最終目標です。HPの「私たちについて」というコーナーに書いてありますが、私が考えたのは

ー 宝林寺の使命 ー
誰もが孤独と不安を抱えている現代。ここに集えば、過去・未来・現在の無量の仏さまから「あなた自身の尊さ、かけがえなさに目覚めてほしい」と願われている私であったことを思い出し、新たな一歩が踏み出していける、そういう場所でありたい。

ということです。この1年、このことを頭の片隅に置きつつ、いろいろな教化事業を企画運営してきました。果たして今回の報恩講は、この使命を実現するための方法として、目的にかなっていたでしょうか? 一生懸命やってきたつもりですが、その評価をするは、私自身ではなくご協力いただいた皆さまにとってどうであったかということが、いちばんの問題です。これからも、この使命を全うすべく、いろいろ工夫していきたいです。

次に「リーダーシップ」について。リーダーという言葉は、語感からすると組織のトップや責任者のように思いますが、役職の名前ではなく、リード(lead)=導く人。それぞれの人の立ち位置から周囲の人に良い影響を与え、その組織や社会をより良い方向へ導く力のことだといいいます。

その意味で、住職だからとか、総代だからという理由で他の人を強権的に動かすのではなく、その人の考え方や言動が、他の人に影響を与えて、結果的にものごとが良い方向に進み出すということでしょう。つまりポジションではなくて姿勢の問題だと思います。

浄土真宗の教えが伝わる、その伝わり方というのが「自信教人信」(じしんきょうにんしん:自ら信じ、人を教えて信ぜしむ)という言葉で教えられています。この言葉を曽我量深という先生は、「自信は、教人信なり」と読まれたそうです。ここで言われている「リーダーシップ」に通じることだと感じました。例えばある方の提案に同意できるかは、言葉だけでなく、やはりその人物の態度やあり方を見て、その人を信用できるかという点を見ると思います。

自分がそうなっているかは、はなはだ心許ないですが、これからも、お寺の使命を胸に、取り組んでいきたいと思います。今後ともどうかよろしくお願いします。

また、皆さまのご意見をお聞かせください。

子ども報恩講がつとまりました。

【期 日】平成28年12月28日(水)午前8:30~午後1:00
 
冬休み子どもおとつめ教室の最終日、子ども報恩講がつとまりました。おつとめ教室では毎回出席を採るのですが、この日は45名の参加者がありました。子ども報恩講では、ちかいのことば、司会進行、供灯・供花(くとう・くか)、お勤めの導師など子どもたちに役を振り分けてお願いしています。みんな張り切ってやってくれるのが頬笑ましいです。今年はじめて参加してくれた子も、大きな声で正信偈ができるようになり、毎回、子どもたちの記憶力の高さには驚かされます。
お話やゲーム大会の後は、お非時場(おひじば)に移動してみんなでカレーライスのお斎(おとき)を食べます。競うようにおかわりをするので、4升8合炊いたご飯も、大鍋にいっぱい作っておいたカレーも無くなってしまいました。最後に本堂に戻って恩徳讃(おんどくさん)をみんなで歌った後、28日にみんなでついたお華束(おけそく)のおさがりをもらって午後1時頃に解散しました。
今年も多くの子どもたちに参加してもらい、にぎやかに子ども報恩講をおつとめすることができました。子どもたちにとってお寺で過ごした、冬休みの楽しい思い出として記憶に留めてもらえたらうれしいです。
毎年この子ども報恩講が終わると、これでやっと1年終わったなぁと実感します。
多くの皆さんのご協力によって今年も計画していた教化事業をすべて行うことができホッとしています。来年は、さらに皆さんのお役に立てる情報などを発信していきたいと思いますので、今後とも、ご理解ご協力のほどよろしくお願いいたします。
※お華束作りの様子は、住職のfacebookページに上げてあります。
司会の原稿。今年も6年生の女子たちにお願いしました。
導師は6年生の男子2人が志願してくれました。
大型紙芝居「しんらんさま」。
みんなで食べると食欲も旺盛になります。中には5杯もおかわりした子も!

冬休み子どもおつとめ教室が始まりました。

【期 日】平成28年12月23日(金)~27日(火)朝8:30~9:30
 
12月23日(祝)。 冬休み初日のこの日、「子どもおつとめ教室」が始まりました。28日につとめる「子ども報恩講」にむけて小学生の子どもたちと正信偈 同朋奉讃(しょうしんげ どうぼうほうさん)の練習をします。今回、はじめて参加してくれた子も何人かいましたが、毎日30分ほどのおつとめ練習だけでも、子どもたちは記憶力が良いので、最終日には皆おつとめができるようになります。記憶力もそうですが、子どもたちは大人と違って“素直”ということもあるかもしれません。大人の場合はどうしても「この言葉はどういう意味があるのか?」、「おつとめをするとどういう御利益が期待できるのか?」などと考えてしまって、却って覚えられないのではないでしょうか。
意味も分からずにただ口ずさんでいた正信偈のひとことが記憶の底にとどまり、いつか大人になってたまたま仏法にふれる機会に出遇った時に、「あの時みんなで一緒に習った正信偈には、こういう意味があったのか」と驚きとともによみがえる、そんな事になると素敵だなぁと思います。
そんな先のことまで期待しているわけではないですが、多くの子どもたちがお寺に通ってくれるというのは、それだけでも嬉しく、ありがたく思います。
この日はとても暖かくストーブもいりませんでした。
10数年前に比べると、今の子たちはお行儀が良いという印象です。おつとめ練習の時に寝転がるような子はいなくなりました。
「フルーツバスケット」をアレンジした「なんでもバスケット」。「YouTubeを観ている子!」など時代を映す発言も。
恩徳讃(おんどくさん)を歌った後、出席シールをもらって終了です。

寺世話方選挙の開票を行いました。

【期 日】平成28年12月20日(火)午後6時~
 
年の瀬も迫ったこの日、毎年恒例の寺世話方選挙の開票が行われました。現在、宝林寺の主な役職者は、すべて選挙によって選出されています。寺世話方は定数8名で任期は2年。毎年、その半数が改選になります。
宝林寺の檀徒の皆さんは多くが町内に住んでおられます。町内を30の班に分けて、各班でそれぞれ1年交替で班長さんをお願いしています。世話方さんにはそれぞれ3、4グループの班を担当していただき、寺からお配りする印刷物の回覧やさまざまな集金などをお願いしています。特に11月の報恩講では、お志の集金だけでなく、本堂の幕掛け、お華束作り、受付など実働部隊として支えていただいています。なので他の役にくらべて年間で出ていただく日にちも多いです。また班長さんを通じて、壇信徒の皆さんの、お寺へのさまざまな声なども聞いてきていただけるので、なかなか直接意見を聞く機会が少ないお寺にとって、その意味でも重要な役割を担っていただいています。 
昔とちがって、町内の皆さんはほとんどが会社員や公務員で、定年後も再雇用でしばらくはフルタイムで勤める方も多いので、お寺の役をお願いするのもだんだん難しくなっています。そんな状況の中で、なるべく多くの方にお寺に関わってもらえるという点で、選挙によって役職者を選出するというのは先人たちが考えた一つの合理的な方法だと思います。
しかし、被選挙人はみずから立候補したわけではないので、たとえば健康上の理由などで辞退される場合もあります。なので選挙で当選したからといって、必ず引き受けていただけるとは限りませんが、今年については概ね快諾していただけたようでホッとしています。当選者の皆さんには、年明けに本山世話方さんも交えて、新旧の世話方引継会をしたあと、本格的に世話方の任にあたっていただきます。
今年で任期を終えられる4名の皆さん、どうもお疲れさまでした。今回新たに寺世話方を引き受けていただいた4名の皆さん。これから2年間、どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
字ごとに開票作業をすすめます。
だいぶ票が割れている模様。
当選者が、快く引き受けていただいたので、皆ホッとしました。

「米奉賀」(初穂料のお集め)をしていただきました。

【初穂料お集め】平成28年12月10・11日(土・日)終日
【初穂料持ち寄り】平成28年12月13日(火)午後6時~

今年も寺世話方の皆さんに町内全戸を回っていただき、「米奉賀(こめほうが)」(初穂料のお集め)をしていただきました。根崎町では以前から、12月の第1日曜日が八幡神社。第2日曜日が宝林寺、第3日曜日が観音寺(浄土宗)とそれぞれ米奉賀の日が決まっており、檀家であるなしに関わらず町内全戸よりお集めさせていただいています。
古来、日本では「お米」は食料であると同時に、特別な意味合いを込めて扱われてきました。その生産量を「加賀百万石」、「岡崎五万石」などといわれるように経済規模を表す単位とするなど、「生活そのもの」を象徴する特別な生産物がお米でした。「米奉賀」とは根崎町に限らず農村地帯では、その年に収穫した大切な新米を、神仏にお供えするという宗教的な行事と受け止められてきた伝統があります。
以前は、農家でお米を作ってみえるお家には玄米で、それ以外の方はお金で収めていただいていましたが、現在は玄米を保有している家も少なくなったことから、すべてお金で収めていただいています。しかし「米奉賀」の精神を忘れないために、寺世話方には、宝林寺の略肩衣(りゃくかたぎぬ)を掛けて町内の皆さんのお宅を訪問していただいています。
12月13日は、午後6時より集めた初穂料をお寺に持ち寄って本堂でご本尊にお供えして、正信偈同朋奉讃のお勤めを皆でした後、お非時場にて慰労会をおこないました。そこで今年の米奉賀の様子などを伺うのですが、新たに宅地造成されて入居した若い世帯などは、「米奉賀の意味がわからない」、「なぜ檀家でもないのに協力しなければならないのか」などの疑問の声がしばしばあるそうです。そういう場合には、米奉賀の意味について説明した紙をお渡しするようにお願いしてありますが、なかなか納得してもらえないそうで、これも時代の流れなのかもしれません。
今年も町内の皆さまには「米奉賀」にご理解ご協力いただきましたこと、ここにお礼申し上げます。集めさせて頂いた初穂料は、年間のお仏供米(おぶくまい)など寺の運営に有効に使わせて頂きます。
また寺世話方の皆さまには、12月の寒さの中、町内全戸を回っていただきましてありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。どうもご苦労さまでした。
*下のリンクより、米奉賀を題材にした新美南吉の童話『百姓の足、坊さんの足』が読めます。私の好きな南吉童話の一つです。
この前に、本堂で正信偈同朋奉讃のお勤めをしたのですが、残念ながら写真を撮り忘れました。(-_-;)
杯を交わすと、自然といろいろな話題が出てきます。最近法事などでもノンアルコールが増えて、こういう機会が減ってしまって残念です。

婦人会報恩講

【期 日】平成28年11月30日(水) 午前9:30~・午後1:15~

11月の最終日、初冬らしい寒さとなったこの日「婦人会報恩講」がつとまりました。今月中旬の宝林寺報恩講に引き続き、婦人会役員さんたちは、この日も朝早くからお斎(とき)の準備のために作業してくださいました。本当にありがとうございました。
お勤めの後、ここ数年ずっとお願いしている守綱寺(豊田市)坊守の渡邉尚子先生にご法話をいただきました。
尚子先生は、多くの家庭の主婦の方と同じく、お寺の坊守(ぼうもり)さん、奥さん、お母さん、おばあちゃんなど、いろんな顔を持っておられます。そしてそれぞれの役目を懸命に果たそうとされているのですが、真面目にやろうとすればするほど、そこには自分でも気づかないうちに、必ず「わたし中心の心」、「わたしは正しいと思う心」がひそんでいて、実はそれが苦の元となっているということ。またその事に無自覚であるために、必ず他者と摩擦が生じるということなどを、ご家族とのやりとりなどの日常生活を題材に、笑い話も交えながらお話しくださいました。誰もが身に覚えのあるようなお話なので、法話を聞いている皆さんは、大笑いしながらも自然と自分の姿と重ね合わされて、とても仏法が身近なものに感じられるのです。
「わたし中心の心」(煩悩)とは、①名聞(みょうもん)=ほめられたい心。②利養(りよう)=思い通りにしたい心。③勝他(しょうた)=勝ちたいと思う心、の三つです。これらが私たちの本性なので、それをかいつくろって立派になって=(そういう心を起こさないような清らかな私になって)救われていこうというのは無理なのです。そうではなくて、この煩悩があるからこそ、そこで味わう苦が縁となって、阿弥陀さまと出会えるんだと仰います。「わたし中心の心しかないのが私だった」と事実に引き戻そうとするのが阿弥陀の本願のはたらきです。そして、そのことに目覚めることが真宗の信心の内容なのでしょう。
控え室で休憩されている時に「あ~、もう話すことがない!」と言いながらも、演台に立つと、尚子先生の半径5メートルくらいで起こる様々な顛末をを例に引きながら、そのことを伝えようと一生懸命話してくださいました。
私の文章力が足りず、例に出されたお話しの面白さや、臨場感をお伝えできないのがとても残念です。というか身振り手振りや声のトーン、話される時の表情など全身から伝わるライブ感が尚子先生のご法話の真骨頂なのです。来年も尚子先生に婦人会報恩講の法話をお願いしたので、ぜひ直接お話を聞いてください。
一昨日ついたお餅を2つずつ袋につめて、ご本尊と祖師前にお備えします。法要の後、会員さんにお下がりとしてお配りします。
午後のお勤めは、正信偈 真四句目下 五淘(いつつゆり)念仏和讃 「弥陀大悲の誓願を」 回向 願以此功徳 です。
渡邉尚子先生。身近な題材でお話し下さるので、とても共感できます。
「食前のことば」を唱和してからお斎を始めます。

婦人会報恩講の準備 お華束づくり

【期 日】平成28年11月28日(月)
【参加者】婦人会役員さん、教化委員さん

冬らしい寒さとなったこの日。早朝より11月30日(水)に勤まる「婦人会報恩講」にお供えするお華束(おけそく)作りのため、婦人会の皆さんに集まっていただきました。
以前は、お寺の報恩講と同じく、のし餅を金属製の筒で円形に抜いていましたが、昨年より餅カッター「まんまる名人」を使って丸餅に仕上げていただいています。桶状のところに餅を入れてハンドルを回すと、横からニューッと餅が出てきます。そこを樹脂製のカッターで切るとコロンと丸餅が簡単に作れます。能率も良いので、この日は楽しくお華束作りをしていただきました。

youtube動画【まんまる名人
これが餅カッター「まんまる名人」です。一昨年、Amazonの通販で5000円くらいで購入しました。
さすがに皆さん手際が良いです。あっという間に完成しました。
完成したお華束。
法要が終わった後、会員の皆さんにおさがりでお配りします。

本山御正忌団体参拝(15組主催)

【期 日】平成28年11月24日(木)・25日(金)
【内 容】(24日) 本山日中法要参拝・粟津温泉「のとや」泊
(25日)富山県高岡市「国宝 瑞龍寺」参拝・「高岡大仏」参拝 ほか 

初日は雨模様の出発となりましたが、1泊2日の日程で本山の報恩講にお参りしてきました。しかし京都 本山に到着する頃にはすっかり雨も上がり穏やかな陽気となりました。
約12年の歳月をかけた修復が終わり、生まれ変わった両堂と大門。金具の輝きも眩しくその威容を誇っています。報恩講などの大法要の時だけ掛けられる五色幕や玄関幕も鮮やかです。
参拝を終え、昼食の後は加賀温泉郷の粟津温泉「のとや」まで足を伸ばしました。京都に行ってから折り返す形で石川県までの移動でしたが、出発時刻が早かったので殆ど車中は寝ていました。温泉を堪能した後、夜は宴会で大いに盛り上がりました。 
25日は雨が降ったりやんだりの天気の中、富山県高岡市にある「国宝 瑞龍寺」に初めてお参りしました。前田利長の菩提を弔うため立てられた大寺院で、禅宗の寺院でありながら、いざという時には前田家の出城としても使えるように設計されていたそうです。中でも鉛板を瓦風につくったもので屋根を葺いてある仏殿は、一見の価値があります。住職さんに説明をお願いしたのですが、歴史の知識が豊かで、現代の世相も交え笑いも誘いながらのお話しはとても興味深く、皆さんも大喜びでした。その後、高岡大仏に参拝し帰途に着きました。
今年は宝林寺からの参加者が私一人と寂しい状況でしたが、来年は日帰りでの御正忌団体参拝が計画されるそうなので、ぜひご一緒にお参りしましょう!
本山のシンボル的な建物の御影堂。奈良の東大寺大仏殿とならび世界最大の木造建築といわれています。拝観料はなくどなたでもお参りすることができます。京都駅のすぐ前なのでまだお参りしたことのない方はぜひ行かれることをオススメします。
曹洞宗の名刹 瑞龍寺。ここのピンと張り詰めた空気感が好きだと言われた方がありました。
国宝の仏殿。瓦葺きのように見えますが、材質は鉛です。意外にも本物の瓦よりも軽量だそうです。
仏殿から山門を眺めるとこんな感じです。檜皮葺の屋根で、とても美しいプロポーションをしています。

平成28年 報恩講

【期 日】平成28年11月15日~17日
今年も壇信徒の皆さまのご協力により、無事に報恩講をおつとめすることができました。真宗寺院にとって年間最重要の行事なので、報恩講が終わるとホッとするというのが正直なところです。
「寺離れ」が指摘される昨今ですが、年配の方に昔の報恩講の様子をお聞きすると「参道に出店が出ていた」、「お嫁さんにとっては町内の皆さんにお披露目する機会だった」、「とても賑やかで報恩講が楽しみだった」などという思い出話をされることがちょくちょくあります。そんな話を聞くと「きっと昔は他に娯楽もないので報恩講ぐらいしか楽しみがなかったんだろう」と思っていました。
実は今年のはじめより、これからのお寺をどうしていくかを考える「未来の住職塾」という超宗派のセミナーに参加しています。普段なかなか知り合うことのない他宗派のお寺の住職やお寺の奥さんなどと一緒に話し合いをするので、とても刺激を受けます。このセミナーで、独自の工夫により、現在でも賑わいを保っているお寺が少なからずあるということも知りました。特に禅宗などでは座禅の会や写経、御朱印あつめなどでお寺へ訪れる若い人が以前よりも増えているそうです。これは一体、どう考えるべきでしょうか。
他宗派の取り組みなどを伺うと、宝林寺もそうですが、これまでの真宗のお寺は、世間に対して寄り添う姿勢が少し足りなかったかもしれないと感じます。「これからの教化は、教えが伝わりやすい環境作りも含めて考えていく必要がある」ということを、このセミナーで教わりました。なかなか一朝一夕には結果が出ることではありませんが、気がついたところから少しずつ行事やお寺の仕組みの見直しを図っていきたいと思います。
今年の報恩講で、はじめて試みた「ミニ熊本物産展」は、そのような経緯から計画しました。また私の結婚式の仲人を務めてくれた恩師が、熊本の南阿蘇村の住職をされているということもきっかけとなりました。規模は大きくありませんでしたが、予想以上の売れ行きで、計画した方としてはとても嬉しかったです。
みんなが楽しめて、しかも真宗寺院らしい取り組みはどういうことができるか、これからも模索していきたいと思います。皆さんのご意見もぜひお寄せいただければと思います。
復興支援企画「ミニ熊本物産展」。はじめての試みでしたが予想以上に盛り上がりました。ご協力ありがとうございました。
大型紙芝居「しんらんさま」。子ども向けということもあり、親鸞聖人の御生涯が分かりやすくまとめられています。
最終日の八神先生のご法話。面白くてしかも深いお話はさすがです。
報恩講の楽しみの一つ、お斎(とき)の風景。婦人会の皆さんによって、今年もおいしい大根煮ができました。

報恩講準備 お華束色つけ お斎(とき)準備

【期 日】平成28年11月15日
【担 当】榊原辰男さん、鈴木健一さん、畔柳義光さん
【お斎準備】婦人会役員、教化委員、奉仕者のみなさん

前日に世話方さんに串に刺していただいた餅に色を付け、須彌盛華束(しゅみもりけそく)を仕上げていきます。3名の専任者にお願いしていますが、ことしも立派に仕上げていただきました。須彌盛華束を中尊(ちゅうそん)と祖師前(そしぜん)にお備えすると報恩講のお荘厳(しょうごん)も完成します。

報恩講のお斎(とき)は、婦人会の皆さんを中心に作っていただいています。二日目の大根煮がメインの精進料理ですが、70名分以上の食事を一度に作るため、準備は大変です。
多くの皆さまのご協力によって報恩講をお迎えすることができました。ありがとうございました。

報恩講準備 仏華づくり

【期 日】平成28年10月29日~11月14日
【担 当】沓名美代さん、杉浦国雄さん、神谷 正さん

報恩講に欠かせない仏華。宝林寺では現在3名の専任者の方々に作っていただいています。
池坊の立華の形を基本に、クロマツを真として立てていきます。ヒバやカイヅカイブキなどの木で立てるお寺も多いですが、宝林寺では松で仏華を立てることにこだわっています。
以前は仏華のためにクロマツを採集するため、額田や猿投などまで出かけていましたが、近年は状態の良い材料が手に入らなくなったため、庭師さんに境内の剪定をお願いした時に、松葉の穂の部分を集めてそれぞれ家に持ち帰り、枝に挿すために先端を尖らせたり、葉の長さを整えたりといっった作業を内職でやっていただいています。それを寺に持ち寄って枝振りを作っていきます。このように専任者の皆さんは手間も時間もかけて仕上げて下さっています。
今年も見事な仏華が出来上がりました。お寺の報恩講の後、婦人会報恩講までこの仏華が内陣を荘厳(しょうごん)します。
10月29日、松葉の採集の様子。玄関脇の松の老木が、葉の長さなどいちばん仏華づくりに適しています。
専任者の皆さんが、それぞれの家に持ち帰り、松の枝振りを作るための下準備を内職でやっていただいています。
電動工具や両釘、針金などを駆使して枝振りを作っていきます。花立てというより工作に近い作業です。
全体のバランスを見ながら立華の形に仕上げていきます。

報恩講準備 仏華仕上げ 幕掛け お華束つき

【期 日】平成28年11月14日(月) 朝8時~
【参加者】花立て専任者 寺世話方の皆さん

この日は昼前から断続的に雨に見舞われましたが、15日から始まる当山の報恩講に向けて、最終段階の準備をしていただきました。

仏華は、それぞれ忙しい日程を縫うようにして作業していただき、予定よりも速いペースで仕上げてくださいました。もの作りが好きな方が携わっていただいているので、皆さんとても研究熱心で今年も見事な出来映えとなりました。

幕掛け、お華束つきは、毎年、半数が入れ替わる寺世話方の皆さんにお願いしていますが、去年のノウハウを活かし、とてもスムーズに作業していだだきました。監督の沓名勇さん(94歳)は今年も健在で、的確な指示を出し作業をリードして下さいました。ぜひ来年も力を貸していただきたいです。
今年も、おみがきから始まり、多くの皆さまのご協力により報恩講を迎えることができます。どうもありがとうございます。

雨が降ってくる前に幕掛けをしていただきました。高所での作業なので集中力がいります。
丸く型で抜いた餅を串に刺して須彌盛華束(しゅみもりけそく)を造っていきます。監督の様々なノウハウが生きています。
五具足(ごぐそく)のお荘厳(しょうごん)。年に1回だけこのお飾りの仕方で仏前を荘厳します。
寺世話方の皆さん。順調に作業が進み、安堵の笑顔。

報恩講準備  おみがき &清掃奉仕

【日 時】平成28年11月6日(日) 8:00~
【会 場】宝林寺本堂・庫裡・お非時場
【参加者】婦人会役員さん、婦人会14~27班の連絡員さん、北根14班・南根15班の皆さん

雲一つない秋晴れとなったこの日。早朝より11月15日~17日に勤まる報恩講にむけて、仏具のおみがきと清掃奉仕をしていただきました。年に4回行うおみがきですが、報恩講前は通常のおみがきとは異なり“テガール”という化学薬品であらかじめ洗浄して水洗いした後に、通常の金属磨き“アルボン”で磨きあげます。真鍮製の仏具は、いつもにも増して鋭い光沢を放っています。
清掃奉仕は、今年はいつもより男性の参加者が多く、ガラスふきも力を込めてやっていただきました。ご協力いただいた皆さま、ご苦労さまでした。
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