秋の行事

共同学習会(第1回)が開催されました。

【期 日】2019年10月5日(土)午後3時~5時
【おはなし】深津佐千子氏(西尾市 臨床心理士)
【テーマ】「親ばなれ 子ばなれ」

 秋の到来を感じさせる爽やかに晴れわたったこの日、共同学習会の第1回目が開催されました。今年は、宝林寺檀徒でもある臨床心理士の深津佐千子先生に2回にわたってお話しいただきます。

 今回は、テーマが「親ばなれ 子ばなれ」だったこともあり、子育て世代のお母さんなども参加して下さって、にぎやかに開催することができました。講師の深津先生は長年臨床の現場でカウンセラーとして勤めてこられた経験から、この「親ばなれ 子ばなれ」という課題は、人が一生かかって取り組まなければならない大きな課題だと言われました。

 なぜならこの「こころの問題」は、人間の無意識の領域が大きく影響しているからだといわれます。1900年にフロイトが『夢判断』という書物を著したことから臨床心理学という分野が始まったそうなのですが、身体を問題にする医学(解剖学)から350年も遅れて学問として認知されたのだそうです。

 私たちは日ごろ、自分の理性をたよりにいろいろな判断をしたり考えているつもりでいますが、臨床心理学の発達により、実はそれも無意識によって影響を受けているということが分かってきたそうです。ですから最初に出遇う他者である親との関係が、その人の人格に大きく影響するというのは納得できる話です。しかし同時にいま中学生の子どもがいる自分は、日ごろの子どもとの関わりを思い出すと、いろいろ良くない影響を及ぼしているような気がして身につまされる思いでした。(-_-;)

 また参加者の皆さんに、“バウムテスト”という心理テストもやっていただきました。A4の一枚の紙を渡され「一本の実のなる木を自由に描いて下さい」といわれ、10分ほど自由に描いて、休憩中に回収し、後で先生に簡単な解説をしていただきました。

 私は、一本の木にリンゴがたくさんなっている様子を描いたのですが、他の方の作品を見てみると、私の予想をはるかに超えるユニークな作品があって面白かったです。絵の裏側には、どういう気持ちでこの絵を描いたかも記入するのですが、中には落花生が地中になっている様子を描き、「今朝、畑で収穫しました」と書いてあったり、別の方は、葡萄棚に葡萄がたくさんなっている様子に「主人が大事に育てています」とコメントが添えられていることを紹介し、先生が「こういうのを見ると嬉しくなっちゃいますね。生活感がよく伝わってきます。皆さんの絵を見比べてみると、絵の上手下手とかは関係なくて、ほんとうにいろいろな個性があるとあらためて思いますね」といわれていたのが印象的でした。

 次回は、10月26日(土)午後3時から第2回目があります。テーマは「からだの死 こころの死」です。ぜひご参加ください!(^.^)/
暑い中、大勢の皆さんにお集まりいただきました。
若いお母さんも真剣に耳を傾けています。
深津佐千子先生。この写真は“バウムテスト”で描かれた皆さんの作品についてコメントしているところです。

秋季永代経法要がつとまりました。

【期 日】2019年9月30日(月)午前9:30~・午後1:15~
【午前の部】法話:櫻部 開師(西尾市吉良町 正覺寺若院)
【午後の部】落語:お好味家喜楽さん、京家あい愛さん、永頃亭夢雀さん

 もう10月になるというのに30℃まで気温が上がり、蒸し暑い一日となったこの日、秋季永代経法要がつとまりました。午前の部では、当山には初登場となる櫻部 開(さくらべ かい) 先生にご法話をいただきました。先生は著名な仏教学者 櫻部建(はじめ)博士のお孫さんに当たります。控え室で聞いて驚いたのですが、櫻部先生は、2席にわたる法話をしたのは今回が初めてなのだそうです。とてもしっかりした内容で、スケールの大きさを感じさせるお話だったのでとても信じられませんでした。またぜひこれからも来ていただき聞かせていただきたいと思いました。今回のお話の一部をご紹介します。

 「なぜ生まれてきたのか?なぜ生きているのか?どこに向かって生きているのか?」これは、私たち全ての者が必然的に、根源的に抱えている迷いと苦悩なんです。なぜそう言い切れるかというと、私たちはみんな、この「私」という思いが“後(あと)から”起こってきているからです。みんなこの「身」が先に生まれて、だんだんとこの「私」という思いが大きくなってくるわけですね。そうすると「気がついたら生まれていた。物心ついたら生きていた」こういうふうなんですね。

「こういう者として生まれて、こういうふうに生きて、このために生きていくぞ」と決めてから生まれてきたというのならば、「なぜ生まれてきたのか?」という思いは湧いてきません。でも私たちはみんな気がついたら生まれていた。気がついたら生きていた。だから私たちは「なぜ生まれてきたのか?なぜ生きているのか?どこに向かって生きているのか?」こういう迷いと苦悩を全ての人が必然的に、抱えて生きています。

そして同時に、そういう迷いと苦悩を抱えた私たちが、「生まれてきてよかった。生きてきてよかった。私はここにいて良いのだ。私は私で良いのだ。そういう世界に出遇いたい」という願いを根源的に、必然的に抱えているんですね。それが私たちの迷いであります。

 そしてその「生まれてきてよかった。生きてきてよかった。私はここにいて良いのだ。私は私で良いのだ。そういう世界に出遇いたい」そう思うがために、私たちは毎日、全ての人が一人ひとりの形で懸命に生きています。あの人はダラけているけれども、この人は頑張っているというんじゃない。全ての人が、その人その人の形で懸命に生きています。

 本当に私たちは、いろんなことをしておるようですけれども、今の時代の中の一つの生き方としてあるのが「人材」として生きようとする、そういうことが一つあるのでないかなと思います。「人材」という言葉を辞書で引くと「役に立つ人。才能のある人」こういう意味が最初に出てきます。似たような言葉で「木材」という言葉があります。例えばお寺も木がたくさんありますけれども、大地に根ざしておるその木が、「私にとって都合のよい木なのかな。役に立つ木なのかな。質の良い上等な木かな。悪い木かな」そういう見方をした時に、大地に根ざしている木であっても、その木はもう木材になってしまうんですね。

 似たような言葉もいっぱいあります。「食材」という言葉がありますね。いつだったかハンバーガー屋さんを取り上げた番組で、新しいハンバーガーを開発したいということで、メニューを考える担当の方が北海道まで行くという、そういう番組をやってました。「新メニュー開発の担当の◯◯さんは、北海道の牧場に新しい食材を探しに来ました」こういうナレーションが流れているんですけれども、映っているのは牛の影像なんですね。これは牛が牛ではなくて食材になっているということですよね。

 それと同じように、人ということも「この人は私にとって役に立つ人かな。この経済社会の中で才能がある人かな。価値のある人かな」そういう見方をした時に、人が人材になっておるということですよね。でも私はこの「人材」という言葉自体に問題があるかといわれると、そうは思わないんですね。ただ「人材たりうる者でなければ居てはいけない、人材たりえない者は居なくても良い」こういう世界に問題があると思うんですね。

 私たちは評価の眼(まなこ)をもって、評価の世界の中で生きています。「あの人は価値があるけれども、この人は価値がない」そういう評価をするんですね。そして自分の評価に合わない、都合に合わない人はなるべく遠くに行ってほしい、遠慮したい。見捨ててしまう。それがたとえどんなに大切な家族であっても、愛する子どもであっても、親しい友人であっても、尊敬する先生であっても、ほんとうにその時その時の都合、その時その時の評価で遠ざけてしまう、見捨ててしまうんですね。それが私たちの評価の世界。人材たりうるか、たりえないかという評価の世界です。

 そしてその評価の世界に生きている私たちは、他人も評価するんですけれども、自分がどう評価されているかということを、とっても気にするんですね。だから私たち、大人も子どもも他人からどういうふうに見られるてるかというのをとっても気にします。「私はどのように評価されているのかな」ということをもの凄く気にします。

 時々、まだ小さい子どもが「私は将来、社会の役に立つ人になりたいです。誰かの役に立つ人になりたいです」こういうことを言ったりすることがあります。それも私は、いけないと思わないし、ある意味ですばらしいことだと思いますけれども、子どもの口からこういう言葉が出てくることの背景に何があるんだろうかなと考えた時に、もしかしたら「役に立つ者は居る価値がある。居てもいいよ。けれども役に立たない者は居ちゃいけないのでないか」こういうことを知らず知らずのうちに、まだ幼い子ども達が感じ取っているんじゃないかな。まわりの大人達がそういうことを教え込んでしまっているんじゃないかな、そういうことを思うんですね。

 他人をそうやって評価する。評価に合わなければ見捨ててしまう私たちですが、実はそれだけにとどまらず、私たちは自分自身も、この他ならぬ私でさえも見捨ててしまうんですね。見捨ててしまうと言うより、受けとめることができないんです。「あの人と比べてどうだろうか?、あの時の私と比べてどうだろうか?」ひとたび「自分は人材たり得ないんじゃないか」という評価となれば、私は私自身を受けとめることができないんですね。

 そのことで一つ思い出す話がありまして、もう亡くなられたんですが、ある男性が私に「最近、ご飯を食べるのが申し訳ない。ご飯を食べていてもいいのかな、そういうことを思うんです」こういうことを言われたことがありました。私はびっくりして「どういうことですか?」と尋ねたんですけれども、そうしたら少しお気持ちを話してくださったんです。

 その方は若い頃はお仕事がすごい楽しかったんだそうです。だから一所懸命お仕事に励まれました。成果も上げる事ができたし、いろんな人に頼られ、尊敬もされていたと思うんですね。そういう方ですから、お仕事を辞められた後も、地域の中の色々な役を受けられて、みんなから頼りにされておられました。

 お家では息子さん夫婦と一緒に住まわれていたんですが、その息子さんが「お父さん、心配しなくてもお家のことはみんな僕たちがやりますから、お父さんは何でも好きなことをやってくださいね」と、こういう嬉しいことを言ってくれたそうなんですね。ほんとうに嬉しかったそうです。だからこの方はほんとうに溌剌としていろんなことをされてました。趣味のことをやったり、お家には本もたくさんあって「こんな本を読んだよ」と私にも話してくださったこともあるんですが、いろいろ勉強もされている、そういう方でした。

 ところが、いよいよ歳を重ねてくると、やっぱり身体も気力も衰えてくる、耳や目もだんだん弱ってきます。ある日、一日のほとんどをテレビの前で過ごすことがあったそうです。それでも息子さん達は「お父さん、お風呂が沸きましたよ。ご飯ができましたよ」と声を掛けてくれる。それで食事をいただいていると「不思議だな。今日一日、何もしておらんけれども腹は減るんだなぁ」と思ったそうです。そして、だんだんだんだんそういう日が増えていったそうなんですが、ある日、心に浮かんできたのが先ほど言った「こんな自分が、ご飯を食べておっていいのかな」という思いだったそうなんですね。

 ご飯を食べなければ死んでしまいます。それはつまり「自分は生きていていいのかな?自分はここに居ていいのかな?」若く溌剌として、活躍して、誰かの役に立っている、そういう自分は自分でうなずいていける。「自分が自分であっても良い」と思えた。しかし、何もできなくなってしまって「果たして私は何かの役に立っているだろうか?誰かの役に立っているだろうか?」そういう自分は、自分で受けとめられない。

 家族は「お父さん、大丈夫ですよ。心配しなくてもいいですよ」と声を掛けてくれる。家族はそう言ってくれても、他ならぬこの私が、私のこの身を受けとめていけないんです。「役に立たないんじゃないか。人材たり得ないんじゃないか」という、この私を受けとめていくことができないんですね。他人を評価し、見捨ててしまう私たちは、私自身でさえも状況が変われば受けとめていけない、これが私たちの迷いなんですね。

◆  ◆  ◆

 櫻部先生の人材の話をお聞きして、安冨 歩(やすとみ あゆみ)さんの著書『生きる技法』の中の、モラル・ハラスメント(=モラハラ。殴る・蹴るといった肉体的な暴力ではなく、発言や行動、態度などで相手を精神的に追い込む嫌がらせ)についての記述が思い浮かびました。

 安冨さん自身が配偶者からモラル・ハラスメントをしかけられた経験があるそうで、その実態は、言葉や態度によって罪悪感を植え付けられ、その罪悪感を刺激し利用することによって相手を精神的に支配しながら、支配されている当の本人はそのことにまったく気づいていない、という状態となるというのです。

 安冨さんは「配偶者にとって都合の良い夫という像を押しつけられ、私の人格の都合の良い部分だけを切り取られ、それ以外の部分は踏みにじられるという日常でした。」と結婚していた当時を振り返ってこのように書いておられます。

 その人の全体ではなく、支配する側にとって役に立つ部分(労働力、経済力、肩書き、性的魅力 etc.)だけを切り取られ、それ以外の部分については価値のないものとして徹底的に攻撃し、罪悪感を植え付け、それを刺激することによって精神的に支配して、自発的にその役に立つ部分を差し出すように仕向けるといのがハラスメントの本質だといわれます。


 「何かの役に立つ者は居場所が与えられ、そうでない者は排除される」という現代の風潮にも共通する問題だと感じました。これは個人的な特殊な例ではなく、私たちの暮らす社会全体を覆う空気と言ってもいいと思います。

 小泉総理が政権に就いた頃から盛んに「自己責任」という言葉が喧伝されるようになりました。またその頃から健康食品や保険の広告などで「若い人に迷惑をかけたくない」というフレーズが目立ち始めたような気がします。そういう空気が当たり前になると、他者に助けを求めたり、お互い様でこれまでやってきたことも遠慮しなければならないようなことになると思います。これは、例えば葬儀なども“家族葬”といった少人数で行うようになったことも無関係ではない気がします。

 はっきり言ってこの社会全体がモラル・ハラスメント状態になっていると言ったら言い過ぎでしょうか。この空気の延長線上に、立場が上の者の意向を忖度してルールを歪めるなどの不正が行われたり、さらには気がつけば全体主義(ファシズム)の時代へ逆戻りということにもなりかねないと思います。


 自分が生きている今は、そういう現状であり、そのことは異常な状態なのだと見極めることがとても重要だと思います。そのためには、自分や社会の姿を映す鏡(仏法)に出遇う必要があると思うのです。
櫻部 開 師。スケールの大きさを感じさせるお話でした。
午後の部は、町内在住の落語家、お好味家喜楽さん達に落語をお願いしました。
紅一点の京家あい愛さん。今回で2度目の登場です。
ノリの良い上方落語を演じてくれた永頃亭 夢雀(えいころてい むじゃく)さん。

お彼岸ライブ in 宝林寺(2回目)

【期 日】2019年9月22日(日)午後2時~4時30分
【出 演】杉浦美和さん(根崎)、RIKENさん(奈良)
     桑田和平さん(羽曳野)、磯村幸平さん(根崎)
     亀井岳彦さん(大阪)


 お彼岸中の日曜日、昨年に続いて2回目となる“お彼岸ライブ in 宝林寺”という音楽ライブを行いました。私(知見)の大学の同級生RIKENさんは、会社員をしながら趣味で音楽活動をしていて、大阪方面で年間100本もライブをしているそうです。(驚)

 この企画は、昨年「お寺でぜひライブをやらせて欲しい」という彼からの提案で始まったものです。しかしながら、この地方と縁のない歌い手のライブといっても、お客さんにもなかなか足を運んでもらいづらいだろうということで、檀家さんでもある根崎町在住のギタリスト 磯村幸平さんに相談したところ、出演と機材の提供まで快諾していただきました。さらにRIKENさんのライブ仲間で、ラグタイムブルース奏者の重鎮、大阪の亀井岳彦さんにも加わっていただき、思った以上に素晴らしいライブとなったのでした。

 今年はさらに昨年のメンバーに加えて、根崎出身でCDデビューもしてみえるプロ歌手の杉浦美和さんと、RIKENさんと“ついん’S ”というデュオを組んでいる桑田和平さんにも参加していただき、昨年よりも更に厚みが増して魅力的な顔ぶれとなりました。

 杉浦美和さんは、誰もが知っている名曲を独自にアレンジして美しい声で歌いあげ、ついん’S は軽妙な関西のノリで会場を盛り上げて、本職は旅行会社につとめる桑田さんの、ツアーコンダクターの日常を面白い詩にしたオリジナル曲などを披露し、会場は爆笑の渦となりました。

 磯村さんは、クラシックギターやフラメンコギターが専門ということで、超絶技巧の演奏とスペイン語のエキゾチックな曲目、亀井岳彦さんは、確かな技術に裏打ちされた演奏と、ブルース・スプリングスティーンのような重厚な歌声で聴衆の心を鷲づかみにしました。

 一組だいたい30分ほどの演奏時間でしたが、あっという間に時間が過ぎたという印象です。もともと本堂は畳敷きなので変な音の反響がなくて演奏しやすいらしいですが、磯村さんの提供してくださった機材は、かなり高価なものらしく、出演者の皆さんも、素晴らしい音響で演奏できたことにも喜んでみえました。本当にこの根崎のお寺でこんな贅沢なライブができるなんて、いろいろなご縁に感謝です。

 打ち上げは、町内のろばた焼き“いっくん”で楽しく飲み語り合い、またぜひ来年もやりたいね、と出演者の皆さんも言ってくれたので、さらに魅力的な企画になるよう工夫してみるつもりです。今回は都合がつかなかった皆さんも、ぜひ次回はお越しください。予想以上のクオリティに本当にびっくりしますよ!










秋季教化委員会を開催しました。

【期 日】令和1年9月16日(月)午後7時~8時
【参加者】役員・世話方・本山世話方・婦人会役員・教化委員

 蒸し暑い一日となったこの日の夜、この秋に行われる行事についての協議をするため“教化委員会”を行いました。当山では、年始めに行う“班長集会”、夏と秋の行事の前にそれぞれ行う“教化委員会”、“報恩講準備会”と、役職者の皆さんが一同に会する会合を年に4回おこなっています。この会合では、それぞれ行事の内容についての説明と役割分担、参加者への呼びかけや参加費の集め方などを確認します。

 今回は10月5日・26日に行う共同学習会について、どういう意図でこの企画を考えたか、講師の臨床心理士 深津佐千子さんのことを説明させていただきました。老いも若きも、男も女も、誰もが“生きづらさ”を感じているこの時代、専門家ならでは視点でのお話は、きっと新たな“気づき”のきっかけとなるに違いありません。ぜひ多くの方に聞いていただきたい内容です。皆さんの参加をお待ちしております。<(_ _)>  

 また今回は、町内檀徒の皆さんに協力いただいている積立金 修繕事業費を元に、本堂の塗装工事や、経年劣化で傷んだ箇所の修復工事も始まっているので、その説明を合わせてさせていただきました。また役員会で検討されたこととして、これまで10年間にわたり積立をお願いしてきましたが、10年後に控える鐘楼門の塗装工事だけでなく、建物の経年劣化への対応、大型化する台風の被害も想定して積立金の増額も提案させていただき、ご承認いただきました。

 地域共同体の崩壊や寺ばなれが叫ばれる昨今、350年の歴史があるとはいえ、これだけの施設を維持していくことは簡単ではありません。また建物だけ修復したとしても、それこそ“仏つくって魂入れず”で、この場所が地域の皆さんや関係する檀信徒の皆さんの“心の依りどころ”となっていなければ意味のないことです。

 宝林寺が、皆さんにとってそういう存在となれるよう、今後もさまざまな活動や情報収集に努めていく所存ですので、またいろいろご意見をお聞かせいただければ幸いです。
敬老の日の晩でしたが、多くの役職者の皆さんにお集まりいただきました。
お寺の会合なので、正信偈のおつとめに始まり、恩徳讃を斉唱して終わります。この会合自体も一つの仏事として成り立っています。
塗装工事の説明も行いました。写真集コーナーにアルバムもUPしてあります。
今回のメインの議題です。ご講師には、専門家ならではのお話を聞かせていただけると期待しています。

婦人会秋季彼岸会がつとまりました。

【期 日】2019年9月11日(水)午前9:30~・午後1:15~
【法 話】安藤智彦師(碧南市安専寺住職)

 台風の影響か、9月とは思えない暑い一日となったこの日、婦人会秋季彼岸会がつとまりました。午前中はなんとか本堂で勤行(おつとめ)、法話をおこなったのですが、温度計を見ると正午には32℃となったため、午後は勤行・法話とも冷房設備のあるお庫裡の広間でおこなうことにしました。平成14年に今のお庫裡が竣工してからは、お寺で檀徒の皆さんの法事をつとめる場合は、部屋の広さがちょうど良く、冷暖房があるのでお庫裡でつとめるので勝手は同じなのですが、昼食後のわずかな時間でイスを並べて本堂から演台とホワイトボードを運んだり、前卓(まえじょく)に打敷を掛けたりとバタバタして、暑さと疲労で意識が朦朧としてきました。(-_-;)

 またお昼には、婦人会の皆さんが前日から準備してくださった斎をいただきました。特にメインがちらし寿司だったので、暑い日にはぴったりでとても美味しかったです。どうもありがとうございました。

 法話は、安藤智彦先生にお願いしました。先生のお話を伺うといつも思うことなのですが、日ごろから真摯に聞法されていることが伝わってきます。午前中は14組(碧南市の大谷派寺院のグループ)の組長として、先生が取り組んでいる、現代のセレモニー化してしまっている葬儀を“仏事”として回復していく試みの話題。(当日、皆さんに配っていただいたプリントを「お役立ちコーナー」にUPしました。)午後には、「真宗を学ぶとは“尊さ・人として生まれたことの掛け替えなさ”を学んでいくことである」というお話をしてくださいました。

 3年ほど前、大谷中学・高校の校長をされていた真城義麿先生を14組で招いて学習会をされた時に、真城先生から問いかけられたという三つの質問のことが特に印象的でした。安藤先生もご自身で法事をつとめる時に、たまにこの三つの質問を参詣の方に問いかけているといわれていましたが、それは、
①皆さんは生きていますか?
②皆さんは“しっかりと”生きていますか?
③皆さんは“尊く”生きていますか?
という質問です。

 皆さんに挙手をしてもらうと①、②は自信を持って手を挙げる人が多いそうですが、③になると、ほとんど手を挙げる人を見たことがないそうです。「つまり私たちは“尊く生きる”ということは普段あまり考えていないということですよね。現代は“しっかり生きる”ことが重視される時代です。例えばしっかり勉強していい学校に入り、いい会社に入って、いい暮らしをすることが素晴らしいという価値観ですね。そのためにみんな一生懸命がんばっているわけです。」と言われました。

 しかしそれは役に立つ・立たない。間に合う・間に合わない。力がある・ないなどが厳しく峻別されるということを含んでいます。役に立つ間はいいですが、誰でもいつかは年老いたり、病気になったりして役に立たなくなったり、力がなくなったりします。そうすると生き辛さを感じたり、居場所がなくなったり、人に世話を掛けている自分自身を受け入れることができず、生きる意味を見失ってしまったりします。つまり自分の思い(価値観)に知らず知らず自分が縛られて苦しんでいるわけです。

本願念佛の教えは、智慧の光となってそういう私たちのあり方を照らして、“えらばず・きらわず・みすてず”と言われるように、役に立つ・立たないということを超えて、無条件で受けとめてくださる“尊さ”というまったく別の価値観を私たちに思い出させてくれる教えです。私たちが、お念仏の教えを聞き続けていかなければならない理由も、ここにあるのだと感じました。
安藤智彦先生。
この日は猛烈に暑く、本堂は午前中のみ使いました。
お斎の様子。冷房が利いてて快適です。赤ちゃんも上機嫌です。
先生からいただいた、東京教区で使われているミニ掲示板の言葉です。

仏具のおみがき奉仕をしていただきました。

【期 日】2019年9月8日(日)
【担 当】婦人会役員さん・北根②の連絡員さん

9月に入ったとはいえ、台風の影響か蒸し暑い一日となったこの日、この秋の行事に向けて、婦人会の皆さんにご協力いただいて仏具のおみがき奉仕をしていただきました。宝林寺では、春夏秋冬のそれぞれの教化行事の前に、年4回仏具のおみがき奉仕をしていただいています。

大谷派の仏具は、真鍮(しんちゅう)という金属で造られており、きちんと磨けば黄金色の鋭い光を放つのですが、2、3ヶ月も経つと全体的にくすんでしまうので定期的なおみがきは欠かせません。

なぜ金色である必要があるかというと、浄土真宗の根本の教典である『仏説無量寿経』に、「極楽浄土はこういう世界であって欲しい」ということがたくさん書かれているのですが、その中に「悉皆金色の願(しっかいこんじきのがん)」といって、「浄土ではあらゆる物や生物が光り輝いている」と表現されているからです。実は浄土真宗のお寺の本堂の内陣や家庭のお内仏も、浄土の世界を象徴的に表現されたものです。「象徴」を辞書で引くと「抽象的な思想・観念・事物などを、具体的な事物によって理解しやすい形で表すこと。また、その表現に用いられたもの。シンボル。(例)「平和の象徴」「現代を象徴する出来事」。とあるように、誰もがその光り輝く造形を見ることによって、浄土を思い起こすことができるのです。

そう言ったわけで、内陣の背景の壁面などは金箔が押されていますが、仏具もピカピカに磨き上げる必要があるのです。
もっとも家庭のお内仏(お仏壇のこと)では、最近売られているものはメッキ加工がされていたりコーティングが施されていたりして、金属磨き用の薬品の使用は禁じられている場合が多いようですが。

家庭用のものと比べればはるかに大きいお寺の仏具を磨くのはなかなか大変ですが、それでも婦人会の皆さんは慣れた様子で1時間ほどで作業を終えました。お茶とお菓子をつまみながらしばらく談笑したあと解散となりました。ピカピカに磨かれた仏具は鋭い光を取り戻し、これで秋の行事が迎えられます。婦人会の皆さん、ありがとうございました。
この日は、本当に暑い日で、皆さん汗をかきながら作業していただきました。
鋭い光を放つ金香炉。
婦人会の会長さんが大阪で買ってきてくれたおみやげのお菓子をいただきました。

報恩講の準備がはじまりました。

【期 日】平成30年11月3日(土)8:00~
【おみがき】婦人会役員、南根・西根の連絡員さん
【清掃奉仕】9班・10班の皆さん

秋の深まりを感じる肌寒さを感じる朝となったこの日、今月15日から始まる報恩講に向けての仏具のおみがきと清掃奉仕をしていただきました。

宝林寺では仏具のおみがきは、婦人会の皆さんにご協力いただき、年4回おこなっていますが、報恩講では使用する仏具が多いため、ふだんのおみがきの倍の担当グループで作業をしていただいています。

清掃奉仕では、今回は土曜日に日にちを設定したためか担当班の方でも都合の悪い方もあったようで、少ない人数ながら本堂裏側の草刈りと、お非時場などのガラス拭きをやっていただきました。

また10月31日には、報恩講の仏華づくりを担当していただいている沓名美代さんと神谷正さんが、その準備として、庭師さんに剪定してもらった松葉の採集をしていただきました。集めた松葉をそれぞれ家に持ち帰り、細い木に挿して松の枝の形に加工するという細かい作業をしていただいています。

報恩講は、法要の期間は3日間ですが、半月以上もかけて多くの方のご協力によってつとめることができます。本当にありがたいことです。
ふだんなかなか手が回らない裏側の草刈りをしていただきました。
中庭に面したガラスを拭いていただいています。それにしてもこの身軽さはすごいです!
仏具のおみがき、世間話をしながら手早く作業をすすめていただいています。
仏華づくりをしていただける方がだんだん少なくなっています。どなたか手伝っていただけませんか?

共同学習会②

【期 日】平成30年10月26日(金)
【テーマ】「わたしの浄土真宗」
【法 話】杉浦智見師(豊田市 浄覚寺住職)

秋らしく爽やかな晴天となったこの日、共同学習会の第2回目が開催されまし
た。先回と同様、正信偈同朋奉讃のおつとめの後、今回は杉浦智見先生よりお話をいただきました。

杉浦先生について、以前からすごいなあと思っていたことがあります。お話の中でも触れられていましたが、それは先生の一途さというか、フットワークの軽さです。「これから自分はいかに生きていくべきか?これからお寺をどうしていけばいいのか?」という問いは、多くの僧侶が持つものですが、その問いに向き合い続けることはシンドイし、日々の忙しさが紛らわせてくれるということもあって、私なども考えすぎないようにごまかしながら日々を送っているのが現状です。

しかし杉浦先生の場合は、これは!と思う先生の所へは、距離をものともせずに直接会いに行ってしまうのです。ある時、大谷派の靖国問題の草分け的存在である和田稠(わだしげし)先生を石川県大聖寺の自坊へ訪ねた時、「『寺を開く』にはどうしたらいいですか?」と尋ねたことがあったそうです。「寺を開く」という言葉はお坊さんの世界ではよく使われるフレーズなんですが、もちろん「新たに寺を作る」という意味ではなく「寺を活性化していく」というような意味で使われます。

例えば以前、岡﨑教区の親鸞聖人750回御遠忌をつとめた時に「寺を開かれ
た念仏の道場に」というテーマが設定されました。杉浦先生も、別に思い詰めていたわけでもないでしょうが真面目に受け止め、和田先生ならどう言われるかと思ったのでしょう。

問いに対し和田先生は「それならまずあなたが開かれた人になりなさい」と答えられたのだそうです。しかし今度は「開かれた人になる」とはどうなることなのか、新たな問いとして今も持ち続けているそうです。
お話では自身のこれまでの歩みや、角田光代の『八日目の蝉』や、社会学者 大澤真幸の「不可能性の時代」という考察を参照して、どういう時に人は自分を自分として受け入れ、立ち上がっていけるのかということについて語って下さいました。

お話の最後に元プロボクサーのお笑い芸人、たこ八郎の「迷惑をかけてありがとう」という言葉を紹介してくれました。つながりが希薄になっている今のご時世は「人に迷惑をかけてはいけない」という空気が以前にも増して強くなっている気がします。一見もっともらしくりっぱな態度のようにみえますが、自分が気づかないだけで、実際は大いに迷惑をかけているということもあるのではないでしょうか。

人と人が親密になるということは、思いがけず相手が自分のことを気にかけてくれていたという事実に気づき、自分もまた相手に何かしてあげられることはないだろうかと気にかけていくことを抜きには成り立たないと思います。またそういう関係性によって自分自身も支えられているのでしょう。

私の高校の時の卒業アルバムで、担任の先生が寄せ書きに「自分がいるだけで、既に迷惑をかけていることを忘れずに」と書かれてあったことを思い出しました。当時の私はこの言葉をみて「何と後ろ向きな」と少し不快な思いを抱いたことを覚えています。担任の先生が、あの時私たちに伝えたかったのも、こういうことだったのかなと今になって思います。
正信偈同朋奉讃のあとお話を聞きました。
静かに自身のこれまでの歩みの中で気づかされたことなどを話してくださいました。
杉浦智見先生。ちょっとやせ過ぎなのは気になります。

秋季永代経法要①

【期 日】平成30年10月16日(火)
【法 話】〈午前の部〉羽向智洋 師(西尾市 専念寺住職)

台風の影響で、開催日を変更してつとめた永代経法要。午前の部でお話しいた
だいた、羽向智洋先生の法話の一部をご紹介します。

私たちの人生は、この道はいったいどこへ向かっているんでしょうか。安倍さ
んが、3選でまた首相をやられますけれども、6年前に首相になった時に「この道しかない、この道を行くんだ」と言ってましたが覚えてますか?「この道」とは何だと言ったら“アベノミクス”のことですよね。

その中身は何だと言ったら「景気をよくしますよ」ということですよね。これ
が一つ目。そのためには、とにかく企業が競争力をつけて発展するためには、いろんな縛りがあっちゃいかんから、ルールの見直しをして誰もが競争に入れるようにしましょうという「規制緩和」。これが二つ目なんですよ。
そして三つめが“イノベーション”といって、これは「技術革新」だそうです。新しい技術を入れて生活を変えていく。そういう方向が私たちが幸せになる道だ、と大見得を切ったんですね。

確かに景気は良くなりました。でも最初に言われたのは「企業が儲かれば、そ
の利益がだんだん下に流れていって、みんなの給料も増えますよ。幸せになりますよ」といわれて始まったんですが、でも働いている人の給料は増えたかというとどうですか?いろんなニュースを見てもほとんど増えてませんね。横ばいか、少し下がっているのが実際です。ちょっと約束違反じゃないかという気がするんですけれども。

規制緩和にしても、誰でも競争に入れるというところで問題になっているのは
何かといったら“モリカケ問題”でしょう。森友学園の問題では、首相の奥さんの昭恵夫人と関係が深いとされる学校法人にえらい安く国有地を売ってしまったり、加計学園の問題では首相のお友達に特別な配慮をしたんじゃないかという疑惑がいまだにくすぶっていますね。そういう問題があります。

それからイノベーション、技術革新とは何だと言ったら、最近は“AI”という
横文字が出てきました。これは「人工知能」だそうです。コンピューターが発達してきて、人間が頭で計算したり考えたりするよりもうんと速く答えを出すわけですから、これからはロボットに仕事を代わってもらうことができるようになる。確かに工場では今、ロボットがいっぱい入って仕事してますね。それだけじゃなくて、これからは一般事務職の方にもそういうAIが入ってくると。ある予想では、そうすると事務職の仕事の人の約4割はいらなくなるそうですね。「楽になっていいなぁ」で給料をもらえるなら良いですけれども、「あんたはもういりませんよ」となったら、これはたまったもんじゃないですよね。

安倍さんが、この先の最後の3年間で何をしたいかといったら、「相変わらずこ
の世の中は競争で争いの世界だから強くならなきゃいけない。強くなるためには軍隊を持たなきゃいけない。そのためには自衛隊を表に出して、憲法にちゃんと位置づけましょう」それが彼の最終的な目的ですよ。

さあ、そういう道が、私たちは日ごろ一生懸命働いているわけですが、進んで
いく先の道でよろしいんですかということです。自分の思いはいろいろあっても、世の中は流れて動いていますから、否応もなくそこに巻き込まれていくわけです。それでいいんですか?

私は、昔は何とも思わずに使っておったんですけれども、「人生」という言葉
に最近はちょっと引っかかるようになってきました。人の一生を「人生」というでしょう。ところがこの人生という言葉を、仏道、仏さまの言葉では何というのかというと「生死(しょうじ)」と呼んできました。具体的にはどういうことかというと、四苦八苦という言葉がありますが、その四苦「生・老・病・死」のいちばん最初と最後をつづめて「生死」というんですね。私たちの先輩はそう捉えてきたんです。「老いることも、病むことも、死ぬことも私の人生です。私にとって大事なことです」と受け止めてきたんですね。

ところが、「人生」というふうにしてしまうと、この「老病死」の三つが隠れ
てしまうんですね。だから老病死は私たちにとってイヤなものだから、これは無くしていく、それこそ「イノベーションで技術開発されていけば、「生」だけが残ってすばらしいでしょう」という発想なんでしょう。

確かに今までは治らないとされていた病気も、少しずつ治るようになってきま
した。最近ノーベル賞をもらった本庶佑さんが、「免疫のはたらきを利用することによってガンがやっつけられますよ」という発見によって受賞しましたね。「老い」はどうですか。テレビのコマーシャルでいっぱいやってますねサプリメントとか。

「死」だけは、まだなんとも避けられないということがありますけれども、で
も昔と違って現代の私たちは、「死んだらおしまい」というふうにいつの間にか洗脳されてしまっているんじゃないでしょうか。だからお墓も、後の人が困るから灰にして海にまいてしまおうとか、法事なんかでも、死んだらおしまいだから、葬式だけで後は結構ですとか、なんとなくそういう空気がヒタヒタと浸透していってる感じがありますね。

いちばんよく使うのが、「子どもたちに迷惑をかけられないから」ということ
を言うわけです。結局、でも現実は老いや病や死が出てくる、いろんなことが自分でやれなくなった時に、子どもたちに迷惑をかけられないから、どうするの? 「それはやっぱりたくさんお金を持ってなきゃ」そういうふうに私たちはすぐ考えるようになっているんじゃないですか。

「生きる」ということが“いきいきと元気で生きていることだけが人生だ”と
いうことになれば、老病死は邪魔になります。でも現実的にはまだ老いも病も死もあります。そうしたら、それを引き受けて行くということは、「いきいき元気で」というところからだんだん遠ざかっていきます。それをお金でなんとか解決しようということになると、お金はタダでくれるわけじゃありません。稼がなけりゃなりません。稼げるうちはいいけれど、稼げなくなったら「オレはいらん人間だな」と考えざるを得なくなります。そうすると年をとるということは実につまらんことになってしまう。「自分はダメなんだ」というふうに思ってしまうことになるでしょう。

ほんとうにそれが私たちの望んできたことですか?ここが立ち止まるかどうか
の非常に大事なところなんです。世の中はどんどん変化していきます。私たちが無批判にそれを受け入れていけばどうなるか。「役に立たないあなたはもういりませんよ」ということになるでしょう。

だから安倍さんが言う「この道を~」という道を行けば、「年を取ったら、あ
んたはもういりませんよ。どうぞ早く消えてください」ということが裏にくっついているんです。いつの間にか、私たちはそれを当たり前だと思ってしまっている。

それに対し「そんなバカな!」というのが「生死いづる道」という、親鸞聖人
がたどり着いた仏道、お念仏の教えなんだと思うんですね。


羽向先生は、とても大事な指摘をしてくださっていると思います。仏法聴聞とは
、教養を身につけるとか、心の持ちようなどではなく、実はこのように私たちにとって他人事だとほっておけない問題に関わるのだということでしょう。この話の続きが気になる方は、ぜひお寺で一緒に仏法聴聞をしましょう。お待ちしています。
当初とちがい平日開催となりましたが、それでも大勢の方にお参りいただけて嬉しかったです。
羽向智洋先生。仏法聴聞が必要な理由を現代の世相を読み解き、丁寧に話してくださいます。
今回は半日でしたが、もっとじっくりお聞きしたい内容でした。
お斎(食事)。今回は新たなお弁当屋さんに頼んでみました。アサリご飯が入っていました。

秋季永代経法要②

【期 日】平成30年10月16日(火)
【漫 才】〈午後の部〉お坊さん漫才“えしんりょう”
土井恵信さん(名古屋市 隨縁寺副住職)
中村 亮さん(一宮市 養蓮寺副住職)

台風の接近で、一度は開催を断念したこの永代経法要でしたが、坊守の強いすすめもあり、また私にとっても、思い入れのある企画だったので、半月遅れとなりましたが、おつとめすることができました。

漫才に入る前に、これまで二人がテレビ出演したものを編集した“えしんりょう”の自己紹介VTRを流してくれたのですが、「なぜお坊さん漫才をやりはじめたのか?」という問いに対し、「近年だんだんとお寺にお参りに来られる方が少なくなっています。漫才という誰にでも分かりやすいスタイルで話すことで、少しでもお寺の敷居を下げ、皆さんに気軽に足をはこんでもらいたい」というようなことを言われていました。今回お二人をお願いしたのも、まさにそういう意図があったわけで、二人の強力な助っ人のお陰で、大勢の方に参加いただけてよかったです。

前半は、二人の息もぴったりでテンポのよい漫才を披露していただき、皆さんも二人の掛け合いに大笑いしながら耳を傾けていました。M-1グランプリにも挑戦しているだけあって、かなり攻めた話題も入れ込んであって、しかも観客を置き去りにしない絶妙なトークはさすがだなあと思いました。

休憩をはさんでの後半は、二人のフリートークだったのですが、「せっかくだから何か聞きたいことはありませんか?」との問いかけに、すかさず「どういうきっかけでお坊さんになったのですか?」という質問がありました。二人にとっては予想外の展開だったようですが、恵信さんが9歳の時に得度(お坊さんになること)をした時の、おじいさんとのやり取りなど、涙と笑いを誘う話術など、アドリブで見事に切り返すのにも驚きました。

好青年の“えしんりょう”の漫才は「笑い」という形をとった見事な説法になっており、お寺のイメージアップにはものすごい効果があると思いました。またいつかお願いしたいと強く思いました。

また、恵信さんとは、一昨年名古屋で行われていた“未来の住職塾”という僧侶を対象にしたセミナーを一緒に受講した縁で今回の出演をお願いしたのですが、同じく一緒に学んだ、名古屋の教西寺さん(本願寺派)の三宅教道さんと千空さんも駆けつけてくれて、久しぶりにミニ同期会ができたことも嬉しかったです。地域や宗派はちがいますが、お互いにいろいろ情報交換をして、お寺を盛り上げていきたいと思っている仲間があるということも、また励みになります。
漫才に入る前に、自己紹介VTRを流してくれました。
息もピッタリで、よく練習していることが分かります。
音楽もそうですが、笑いも人の心を開かせる大事な要素だとあらためて感じました。
これだけ皆さんの笑顔がはじけるのは、昨年亡くなられた八神正信先生の法話以来です。

明和小学校の行事 “親子ふれあいウォークラリー”

【期日】平成30年10月13日(土)午前8:30~10:30

朝晩は寒さも感じる秋本番となったこの日、明和小学校のこの時期の恒例行事“親子ふれあいウォークラリー”が行われました。この行事は、学区の史跡や商店、工場などを親子でスタンプラリーをしながら回り、地元を知ろうという主旨で数年前から行われています。宝林寺もチェックポイントとなっているので、今回は80名ほどの親子連れの皆さんが来てくれました。

B6サイズの簡単なプリントを配り、この地域は内陸にあるのに「根崎」という町名なのは、400年ほど前まで、このあたりが海だったことに由来するとか、矢作川の開削によって耕作可能な陸地が出現し、人々が移り住んできたため村ができ、村人の心の依り所としてお寺を建てる必要があったことなどを説明しました。

このようなごく近くの歴史の話は学校でも教わらないし、大人の方も含めて初めて耳にする内容だと思います。私自身、この地域の郷土史である『明治村史』に目を通すまで、きちんとした根崎町や宝林寺の成り立ちを知りませんでした。

こういう機会に自分の住んでいる地域の歴史を少しでも知ることは、根崎村を作った先人たちの、熱い願いの延長線上に自分が“今”存在しているということを感じられるので、有意義なことではないでしょうか。

また後半では、今年の6月に、当山の本堂で執り行った“仏前結婚式”のスライドも上映したところ、新郎がチリ人という国際結婚だったこともあって、興味津々で見てくれました。他のチェックポイントも回るため、10分ほどの滞在時間ですが、若い家族連れで本堂がいっぱいになるさまは、活気があって良いものです。「みんな大きくなったら、お寺で結婚式を挙げてね」と一言そえて、親子連れを見送りました。
子どもたちより、大人の方の方が興味あるお話しかもしれませんね。
用意したプリント。
400年前の海岸線と、現在の地図を重ねたもの。宝林寺(赤い口で囲ったところ)のすぐ西側が入江になっています。
お寺に若い家族連れがあふれる風景はいいですね。

共同学習会①

【期 日】平成30年10月6日(土)午後3時~5時
【お 話】安藤智彦 師(碧南市 安専寺住職)
【テーマ】「わたしの浄土真宗」

時おり雨の降る、この時期としては珍しく蒸し暑い一日となったこの日、今年度の共
同学習会の第1回目が開催されました。ここ数年は、郷土の歴史や終活など仏教以外のテーマでおこなってきましたが、今回は原点回帰で「わたしの浄土真宗」をテーマとして、初回は安藤智彦先生にお話をいただきました。

安藤先生には毎年法話に来ていただいていますが、特に今回は「わたしの浄土真宗」というテーマでお願いしたので、先生がこれまで歩んできた中で、つまづき悩みながらも、励まされ歩み続けさせられた様々な出遇いがあったことなど、個人史的なお話が伺えたのが良かったです。なるほど、そういう経緯があって今の安藤先生があるのだということが何かうなずけたような気がします。

中でも印象深かった、先生のお寺のご門徒さんで、お寺の同朋の会(聞法会)にも
熱心に参加されていた“Kさん”という方についてのお話を少しご紹介します。Kさんは大正6年生まれで、戦争経験もある方でした。背中にはその時に負った傷があったそうです。戦地でのことは、家族にはあまり話されたことはなかったそうですが、兵隊さんにとっては背中に傷を負うということは敵に背中を見せたということになるので、不名誉なこととされていたそうです。

また後に、交通事故で息子さんを亡くしたりと、思いがけない出来事に翻弄され、自分ではどうしようもない深い空しさを抱えておられたところ、たまたま同朋の会に参加して、先生の言葉によると「聞法にハマってしまった」のだそうです。それ以降Kさんは、自宅の仏間での朝夕のおつとめとお寺での聞法が、人生でなくてはならないこととし
て、文字どおり本願念仏の教えが生活と一つになっていることを示してくれたのでした。

Kさんは、京都の本山(東本願寺)へも熱心に足を運ばれました。特に年末の恒例行事「お煤(すす)払い」へは10年以上連続で参加されて、大谷派教団の責任者である宗務総長から感謝状を贈られるほどだったそうです。

そんなKさんでしたが、晩年は足腰が弱くなり、耳も遠くなってきたので、先生は「きっとお寺からは
足が遠のいてしまうだろう」と思ったそうです。ところがKさんは「黒板に書いてくれれば、何を話されているか分かるから」と相変わらず熱心にお寺に通われたのだそうです。

余談ですが、安藤先生の法話でいつも感じるのは、板書の時、いつも
きれいな楷書で丁寧に書かれるのです。僕は、画数の多い字は略字で書いたり、和讃などは書く文字数が多いので、走り書きのような字になってしまうこともしばしばです。安藤先生がいつも丁寧に書かれるのは、性格もあるのでしょうが、きっとこういう出来事があったからかもしれないなと思いました。

その後Kさんは、とうとう完全に耳が聞こえなくなってしまい「さすがにもう来られないだろう」と思ったそうです。しかし何とお彼岸の法要に、奥
さんに支えられるようにして本堂に現れたのだそうです。先生が内陣の竪畳(たてじょう)に座り、参詣席の様子をうかがうと、お経が終わって正信偈のおつとめが始まった時、奥さんが「帰命無量寿如来 南無不可思議光」と、おつとめに合わせるように横に座ったKさんの背中を叩いてリズムをとりはじめたのでした。それをたよりにKさんは大きな声で正信偈のおつとめをされたそうです。その姿を見て、先生は涙が溢れてきたと言われました。

普通だったら「耳が聞こえないから、お寺に行くのはもうやめておこう」とな
るところだと思うのですが、聞法ということは、ただ単に音声で法話を聞くということではないということを、Kさんの姿から教えられたと言ってみえました

先生が、いよいよ入院生活に入られたKさんを病院に訪ねた時、Kさんの足もと
のところに手作りの看板のようなものがベッドに括り付けられていたのに気がついたそうです。何が書いてあるのかと見てみると、

他を咎(とが)めんとする 心を咎めよ  清澤満之

と書いてあったそうで
す。最晩年になっても、以前、聞法会で聞かれて心に残った言葉を、自分で筆で書いて毎日眺めておられたんですね。

「以前、息子さんの交通事故の話になった時、『相手があるというのは
辛いね』ということを仰っていました。私たちは何かうまくいかないことがあると、他人のせいにしたり、咎める心『あのことさえなかったら、こんなふうにならなかったのに』という気持ちが沸き上がってきますね。おそらくKさんにも、そういう心に苦しめられることがあったはずですが、生涯にわたってそんな自分と向き合いながら、まさに全身で聞法している姿を見させてもらって、『わたしの浄土真宗』ということでいえば求道、こういうふうにして道を求めていくんだなぁということを教えられたという気がするんです」と言われたのが印象的でした。

共同学習会 第2回目は、10月26日(金)午後3時~5時におこないます。お話は杉浦智見 師(豊田市 浄覚寺住職)です。今回初登場ですが、独特の感性を持った注目の先生です。ぜひご参加ください!
安藤智彦先生。自身の忘れられない出遇いについて話してくださいました。
休憩の時、聞法に熱心だったおじいさんの思い出を、母(前坊守)に話して下さった方もあったそうです。
聞法は、それぞれが抱えておられる課題と向き合わせてもらう機会です。

お彼岸ライブ in 宝林寺

【期 日】平成30年9月23日(日)午後3時~5時

動けば少し汗ばむほどの陽気となった秋分の日、当山本堂において、今回初めて「お彼岸ライブin宝林寺」という音楽ライブを行いました。この企画は、私(知見)の大学時代の友人で、現在奈良に住んでいるRIKENさんからの申し出により計画がスタートしました。

RIKENさんは、サラリーマンをしながら大阪を中心に月に10本ものライブ活動をしているのだそうです。(驚)そんな中で、お寺を会場にしたライブをやりたいと思い立ったそうで、今年の6月下旬に、それなら友だちが住職をしている宝林寺でということで連絡をいただきました。私としても、ふだんあまりお寺に足を運ぶ機会の少ない方にも来ていただけるきっかけになるので、ぜひ実現しようということになりました。

しかし、この地域にまったく縁のないRIKENさんのライブといってもなかなか足を運んでもらいにくいだろうということで、もし地元で音楽活動をされている方があれば、一緒にやりたいという提案だったので、2年前にお父さんを亡くされて、葬儀やご法事などでここ最近お会いする機会が増えてきた、根崎町在住で、ギタリストの磯村幸平さんに相談したところ、出演を快諾していだきました。(磯村さんには当日のライブの機材なども提供いただきました。)さらにRIKENさんがライブの追っかけをしているという、大阪のラグタイムブルース奏者、亀井岳彦さんも加わってくれることになり、出演者の豪華なラインナップが完成しました。

回覧をまわしたり、お店などにポスターを貼らせてもらって宣伝したつもりでしたが、当日は開演30分前になっても一人もお客さんが現れず「誰も来なかったらどうしよう」と焦りました。「そうだ。客寄せに梵鐘(釣り鐘)をついてみよう!」と出演者が順番に祈るような気持ちで鐘をついたのが功を奏したのか、お客さんが次々に現れて3時の開演時には客席もだいぶ埋まったのでホッとしました。

RIKENさんの温かみのある歌とトークで、客席から自然と手拍子も起こり良い雰囲気でライブが始まりました。磯村幸平さんによるキレのあるギターと歌声で盛り上がり、最後は亀井岳彦さんの、ベテランらしい重厚な演奏と独特な歌声に、聴衆も聞き惚れていました。

手探りではじめた今回の企画でしたが、出演者も聴衆も、お互い充実した時間を過ごせたという満足感を感じてもらえたのではないでしょうか。皆さんの反応も良かったので、また音楽ライブは計画したいです。


今回もう一つ思ったのは、他の方からの持ち込み企画を一緒に計画してみることの面白さです。もし他にも、こういう企画がやりたい!というアイデアがあれば、一緒に実現できるよう相談させていただきたいと思います。ぜひお寺を会場に使って下さい!

※ RIKENさんがFacebookに今回のライブのレポートを書いてくれました。


磯村幸平さん。この日は朝9時過ぎに機材を持ち込み、準備をしてくださいました。ありがとうございました。
RIKENさん。学生時代と変わらない若々しさは、好きなことをやれているからなのでしょうね。
磯村幸平さん。町内にこんなスゴイ人がいるなんて知らなかった。
亀井岳彦さん。味のある歌声。年輪を感じる素晴らしい演奏でした。

秋の教化委員会が開かれました。

【期日】平成30年9月21日(金)午後7時

小雨模様となったこの日の夜、秋の教化委員会を行いました。この会合には当山の役員・寺世話方・本山世話方・婦人会役員・教化委員といった役職の方30人ほどに集まっていただきました。今回は、10月に行う「共同学習会」や、お寺における最近の課題について話し合っていただきました。

宝林寺では、鉄筋コンクリート造りの本堂と山門の塗装工事のための積立金として、修繕事業費という名目で町内檀徒の皆さまに毎年この時期にお集めをさせていただいておりますが、いよいよ来年本堂の塗装工事を行う予定です。

また、先日の台風20号・21号により、庫裏・本堂・お非時場などが被害に遭ったことも報告させていただきました。(こちらを参照ください)建物の老朽化の影響もあってか同時にあちこちが壊れるという現状で、いま修理の見積をお願いしているところですが、かなり大がかりな工事が必要だと思います。台風の大型化や今後地震なども予想される昨今、これからは施設の維持管理の問題が大きくなっていくと思います。

壊れたものは直していかなければなりませんが、皆さまにとってお寺が、将来にわたって継承すべき大事なものであると思っていただけるよう、努めてまいりますので、何卒ご協力くださいますようお願い申し上げます。
お寺の会合なので、話し合いに先だって正信偈同朋奉讃のおつとめをします。
雨の中、30人ほどの役職者の方にお集まりいただきました。

婦人会秋季彼岸会がつとまりました。

【期 日】平成30年9月12日(水) 午前9:30~・午後1:15~
【法 話】稲前恵文 師(岡﨑市 本光寺住職)

時おり雨が降る、湿度の高い一日となったこの日、婦人会秋季彼岸会がつとまりました。この春から新メンバーとなった婦人会役員さんたちは、先だって行われた仏具のおみがき奉仕に続き、前日より仏華立て、お斎の準備などをしていただきました。今回の役員さん達もチームワークが良く、今回が2回目の行事とは思えないほどスムーズに彼岸会を進行することができました。いろいろ配慮いただきありがとうございました。

おつとめに続いて、稲前師より午前・午後と法話をいただきました。今回もプロジェクターを使用して、かゆいところに手の届く丁寧なお話で、皆さんもうなづきながら聞法をされていました。

毎回思うことですが、稲前先生はよく人の話を聞いているなぁと感じます。何気ないお参り先での会話や、家族とのやりとりを、教えに照らして話してくれるので、日常こそ自分を教えられる聞法の現場であることをあらためて教えられます。

私たちは案外、自分のすがたが見えていないという一例として話されたのは、卓球をやっている中学生の息子さんが、テレビで卓球の試合が中継されているのを見ながら「あぁ、あんな所にレシーブを返してちゃダメだ」、「あんなサーブを打っているようでは勝てるわけない」などとブツブツ言うのだそうです。彼が部屋を出て行った時、先生が奥さんに「何であんなに文句を言いながらテレビを見てるんだろうね」と言ったら、彼女は「お父さんのマネをしているだけしょう」と言われて愕然としたそうです。自分自身でも気づいていなかったそうですが、テレビを見ながら無意識に文句を言っていることがあると指摘されて驚いたのだそうです。私自身もニュースを見ながら「だから安倍じゃダメなんだ!」などと言っているので稲前先生を笑えません。同世代の方、身に覚えがありませんか?

また、法話の中で、作家の高 史明(コ・サミョン)さんの中学1年生の息子さんが自死された話をされましたが、このお話は以前、当山の報恩講で渡邉晃純先生も紹介して下さったことがあり、特に印象に残っているエピソードの一つです。当時のノートから少し引用してみます。

そのころ私は、子にどのようなことを勧めていたか。例えば、その子が中学1年生になり、入学式が終わった夜の事、私は中学生になった子を祝って大真面目に言ったのである。「今日から君は中学生だ。これから君は自分のことは自分で責任を取るようにしなさい。ただし他人に迷惑をかけないようにすること。他人に迷惑をかけず、自分の身を自分で責任を取るならば、お父さんはこれから一切君に干渉しないようにしよう」これが、その時の私の大方の発言の内容である。

私はこれが、子の幸せに通じると思っていた。しかし「他人に迷惑をかけるな」とは何であったか。私はその時に、この言葉によってそれまでに子の心身に蓄えられていた、他人との生きた連なりをバッサリと切り取ってしまったのである。いや、それだけではない。それは生きとし生けるものとのつながりを全て切り落としてしまうことでもあったというほかない。いったいこの世に生きていて、他人や他の生きものの助けを全く受けないで生きるということがあり得るだろうか。(中略)

子が中学生になった時、私が子に与えた言葉は深い闇をはらんでいた。私は違う言葉を与えるべきだったのである。「君は今から中学生だ。ここに来るまでにどれほどの人に迷惑をかけ、助けをいただいてきたことか。人間だけではない。どれほど多くの生きものの助けをいただいてきたことか。今こそそれをしっかりと知って欲しい。それこそが、自分のことを自分で責任をとることの始まりになるのだ」と言うべきであった。私はしかし、それは言えなかったのである。何故か。全てを自分中心に見る、自分の知恵に惑わされていた。

「迷惑をかけるな」という言葉をそのまま実行するならば、あらゆるものに頼らず、何でも自分一人で解決しなければなりません。一見立派な態度に見えますが、これはとても孤独な生き方なのではないでしょうか。また「自分は誰にも迷惑をかけていない」と胸を張るのは、いかにも自分のことが分かっていない姿でしょう。

反対に、自分が迷惑をかけてきたか分かるということは、どれだけ多くの人のお陰を被っているか分かるということで、だからこそ、自分も他の人も敬うことができる、豊かな生き方だと言えるのではないでしょうか。これこそ親鸞聖人の言われる「他力の信を得る」ということの内容なのだと思います。

しかし、一度気がついても、私たちはすぐに日常に埋没して自己中心的なあり方に戻ってしまいます。だからこそ、自分の姿を鏡で見るように、聞法を通して自分を知らされ続けていく習慣を、先輩たちは私たちに残してくれたのだと思います。
プロジェクターを使用しての法話。写真や引用文などもすぐに出てきて分かりやすいです。
稲前恵文師。優しい語りです。
前日より準備していただいたお斎。どれも美味しいです!
お斎も、ただの食事ではなく御同朋の交わりを深める大切な時間です。

仏具のおみがき奉仕をしていただきました。

【期 日】平成30年9月9日(日)朝8時~9時
【担 当】婦人会役員さん、南根の教化委員さん

9月とはいえ、蒸し暑さも感じる日曜日の朝、婦人会の皆さんに仏具のおみがき奉仕をしていただきました。宝林寺では行事のサイクルに合わせて、婦人会の皆さんがグループ毎に交代しながら、年に4回おみがき奉仕をしていただいています。

最近は、家庭のお内仏(仏壇)では、仏具も、おみがき不要のコーティングが施されているものも多く、曇りやすい真鍮製の仏具を磨くということも少なくなっていると聞きます。しかし、クリーム状の金属磨きをウエスに少量とって力を入れて磨くと、鋭い光沢が出てきてなんともいえない達成感があります。

また、向かい合って作業をしながら世間話ができるのも、共同作業のいいところだと思います。各家庭で勤められるご法事の食事も、最近は外食する場合が多いですが、以前は親戚の女性の方が集まって手作りで作られていました。食事の支度をしながら交わす会話が、お互いの距離を縮めるきっかけともなっていたと聞きます。一見、面倒にみえるお寺の行事のお斎づくりやおみがき奉仕も、そういう側面があるのではないでしょうか。

この秋も、婦人会秋季彼岸会や永代経法要などの行事が続きます。きれいになった仏具で、気持ちよく行事を迎えることができます。婦人会のみなさん、どうもありがとうございました。m(_ _)m

小学校の行事 “親子ふれあいウォークラリー”が行われました。

【期 日】平成29年11月11日(土)午前8時30分~
今年も明和小学校の恒例行事“親子ふれあいウォークラリー”が行われました。この行事は、学区の史跡や商店、工場などを親子でスタンプラリーをしながら回り、地元を知ろうという主旨で数年前から行われています。宝林寺もチェックポイントとなっているので、今回は十数組の親子連れの皆さんが来てくれました。早朝より降り始めた雨も上がりスムーズに移動ができて良かったです。

この日は、11/15から始まる報恩講のため、本堂ではお華立ての作業が始まっていました。この作業は、いったい何をしているのか分かってもらう必要を感じたため、せっかくなので昨年の報恩講の様子をテレビモニターにスライドショーで映して説明をすることにしました。

昨年の様子を見直すと、あらためて大勢の皆さんの協力によって報恩講が成り立っているんだと感じます。お華立てやお華束づくりが完成した写真には、担当の方の「今年も無事に作業ができて良かった」という満足そうな笑顔があったり、みんなで食べる楽しそうな食事風景は、お寺にとっても未来に受け継いでいきたい大切な財産です。

また後半には、冬休みに行う“子ども報恩講”の様子も紹介することができたので、まだ参加したことのないお子さんや、お父さんお母さんにも様子を知ってもらうよい機会となりました。

今年の報恩講に向けて、準備もいよいよ最終段階です。大勢の皆さんのお参りを心よりお待ちしております。
先生が言われるには、親子で地域を巡る企画ができるのも、市内でものどかなこの地域ならではの事だそうです。
この地域は、400年前は海だったことを説明すると、みなさん驚きの反応が。
昨年の報恩講の様子をスライドで見てもらいました。

報恩講にむけて仏具のおみがきと清掃奉仕をしていただきました。

【期  日】平成29年11月5日(日)8:00~
【おみがき】婦人会役員さん、北根の連絡員さん
【清掃奉仕】28班(西根)の皆さん

久々の晴天となった日曜日の早朝。年間最重要の行事 報恩講に向けて、仏具のおみがきと、境内の草取り・ガラスふきなどをしていただきました。この日は作業の始めこそ寒さを感じましたが、身体を動かしていると汗ばむほどの陽気となり、担当いただいた方も手際よく作業を進めてくださいました。
報恩講も、日程が始まってしまえば、あっという間に時間が流れていってしまいますが、みんなで手を掛けて準備をすることにより、徐々に「ああ、今年もなんとか無事に報恩講が迎えられるなぁ」という気分になってきます。

もう20年も前、私が勤めていた北海道余市町の即信寺のご院さんに「準備も報恩講だから」と、私が宝林寺の報恩講のため帰省するタイミングを、法要の日程の数日前から休みを下さったことを、しみじみと思い出します。あれから随分と時間がたってしまったけど、ふと懐かしさを覚えます。

まだまだ、準備はこれからが本番ですが、皆さんと協力して報恩講を迎えられるよう気を引き締めていきたいです。
皆さん、手慣れた様子で作業をしてくださいます。予定より早く作業が完了しました。
お非時場の窓を拭いてもらっています。本堂の後の草取りも平行しておこなっていただいたのですが、写真を撮り忘れてしまいました。m(_ _)m

岡崎教区“こころの講演会”つボイノリオ氏の講演会(Facebookより転載)

【期 日】平成29年10月21日(土)午後3時~5時
【会 場】三河別院本堂

三河別院でのつボイノリオさんの講演会、聴いてきました!
悪天候の中、大きな本堂が満堂になる人出で、さすがにこの地方の人気ラジオパーソナリティですね。

つボイさんは、大谷派の門徒の家に育ち、先日59歳で亡くなられたおばあちゃんの50回忌を勤められたと言われていましたが、このおばあちゃんに連れられて、小学生の頃からお寺のお説教を聞いておられたそうです。節談説教の大家 祖父江省念さんや、現代の大谷派の学僧の重鎮 池田勇諦先生のことも口まねを交えながら話されていましたよ。


しかもただの口まねではなくて、池田先生がある聞法会で参加者の方から質問され、それに答えるという設定で「正信と傍信」についての法話をするのを池田先生の口調で再現するというものでした。これが「あぁ、池田先生ならそういう話をしそう」と思わせる出来映えで、つボイさんは、きっと本当に何度も池田先生の法話を聞いたんだろうな、と感じました。


ほぼ2時間休みなしの講演でしたが、ラジオと同じ声で話される豊富な話題に、あっという間に時間が過ぎたという印象でした。加計学園の問題で有名になった文部科学省の元事務次官 前川喜平さんにも感じたことですが、つボイノリオさんも、間違いなく仏教徒の自覚を持って生きておられるなぁと感じ、勇気づけられる思いでした(^-^)
子どもの頃、おばあちゃんに連れられてお寺でお説教を聞いたのが、つボイさんの一つの核となっているように感じました。
普段きているラジオと同じ声で、ほぼ2時間やすみなく話されました。話すことが楽しいという感じが伝わってきました。
悪天候でしたが、別院の本堂が満堂になる人気ぶりでした。

共同学習会②「もしもに備える(相続)」が開催されました。

【期 日】平成291013()午後7時~9時

【テーマ】「もしもに備える(相続)」

【講 師】畔柳浩樹 氏(畔柳税理士事務所)

 

先週に引き続いての共同学習会。第2回目は、根崎町内在住の税理士 畔柳浩樹さんに“相続”をテーマにお話しいただきました。葬儀をテーマとした先回よりも参加者が多く、皆さんの関心の高さを感じました。

畔柳さんは、こういうセミナーの講師を務めるのは今回が3回目だそうで、「今週はだいぶ緊張しながら過ごしました」と言っておられましたが、堂々とした話しぶりで、皆さんも真剣に聞き入っておられました。

 

専門用語を噛み砕いて平易な言葉で説明してもらったので、予備知識のほとんどない私でも、遺産相続の目安となる法定相続人の資格や順位など、相続のあらましをある程度大づかみすることができました。まあ「めんどくさそう」というのが正直な感想ですが・・・(-_-;) だから税理士や行政書士などの専門家がいるわけですね。

 

チラシのサブテーマに「相続が争族にならないために」という一文を入れたのですが、遺産相続をめぐって、親子兄弟でも仲違いをして、例えば法事などでも同席できなくなってしまうケースが、この地域でも実際にあるのです。そうなってしまう原因の一つとして、意外にも「兄弟はみんな平等」という考え方が浸透してきたからだといわれます。いったい、どういうことでしょうか?

 

今回の参加者の多くは60代・70代の方々で、この世代の方々が親の遺産を相続する時には「同居する跡取りは、親の面倒を見るのだから多くを相続し、外に出た子どもは、そもそも嫁入りや分家の時に贈与を受けているのだから、ハンコ代として数十万円で納得」という場合が多かったそうです。

しかし現在は、相続を受けるタイミングで、自分の子どもの学費や家のローンを抱えている場合も多く、余裕がないため、「もらえるなら少しでも多く」と考える方も多いと聞きます。むき出しの思いが互いにぶつかれば、引き際を見失うということは容易に想像できるでしょう。これは相続を受ける個人の人間性の問題というよりも、現代社会のしくみの問題だといえるのではないでしょうか。

 

結論としては、争族にならないためには、遺産を残す側が早めに準備に取りかかり、相続人同士で後からもめないように、自分の意思をはっきり伝ることだと言われました。自分の死後、子供達の大喧嘩を望む親はないはずです。子供は親に対して、なかなか相続の話題を持ちかけにくいので、親御さんの方が配慮してあげることをオススメします、とのことでした。

共同学習会では、これからも仏教や真宗に関連した話題に限らず、時代社会の抱える課題に即した企画をしていきたいと思っています。取り上げて欲しいテーマなどがあれば、お聞かせください。また講座を開催する時期(曜日や時間など)についてもご意見をいただければと思います。

税理士の畔柳浩樹 氏。「セミナーの講師は緊張する」と言ってみえました。
先回よりも参加者が多かったです。やはり相続の話題は関心が高いようです。
法定相続人の相続の順位は、①配偶者 ②子 ③父母 ④兄弟姉妹となるそうです。
葬儀から相続財産の把握、相続税の申告と納付まで意外と時間がないそうです。

共同学習会①「もしもに備える(葬儀)」が開催されました。

【期 日】平成29年10月6日(金)午後7時~9時
【テーマ】もしもに備える(葬儀)
【講 師】伊藤信子 氏 (終活カウンセラー)

あいにくの雨となったこの日、恒例の夜の講座「共同学習会」の第1回目が開催
されました。毎年さまざまなテーマを扱うこの学習会ですが、今年は「終活」をテーマに2回おこないます。今回は“葬儀”について終活カウンセラーの伊藤信子さんに、最近の葬儀の事情などについて伺いました。

伊藤さんは、5、6年前から終活セミナーを各地でおこなっているそうですが
、最初は周囲から「葬式の話なんて縁起でもない!」という拒絶反応がかなりあったそうです。しかし「エンディング」という言葉が世間に認知されるようになったり、TVドラマ『やすらぎの郷』のヒットによって、皆さんの反応も変わってきたといわれます。ほんの10年ほど前は葬儀社のTVコマーシャルも殆どありませんでしたが、「明朗会計」、「生前見積もり」、「家族葬」とさかんにTVで喧伝され、これらの言葉が一般的になってきました。さらにインターネットの普及によって誰でも葬儀の情報が簡単に手に入るようになって、今までタブーとされてきた“葬儀の話題”が身近になったといえるでしょう。

「子どもに迷惑を掛けたくない」、「葬儀で隣組や仕事関係の煩わし
い付き合いは避けたい」というイメージが先行している昨今ですが、伊藤さんは、なるべく小さな葬儀が良いという風潮は、ちょっと考えてみる必要があるのではないかといわれます。「香典を受け取らない」という方法も、確かに煩わしくないというメリットがある反面、収入がないため葬儀費用は全部持ち出しになります。本来は、お布施を除いて、御香典で葬儀費用がまかなえるようにバランスさせられるはずなのに、「葬儀費用を用立てる生命保険に加入する」というのは本末転倒ではないでしょうか。

昔と違って、会社員など勤め人の方が多い今日、家族であっても、故人がどういう経歴を経てきたのか、どういう友だち
や仕事関係の人と関わり方をしてきたか知らない場合が多いと思います。葬儀は、家族が知らないそれらの方々と共に故人を悼むことを通して、あらためて「故人はこういう方々と関わってこられたのか」ということを知る大事な機会です。葬儀を通して、家族とはまた違った視点での故人の姿を教えられることによって、亡き人のことについてより理解を深められるのではないでしょうか。

参加者に配布された「エンディングノート」には、どういう葬儀を望むのか、
親戚の続柄と氏名、自分の葬儀の際に誰に連絡して欲しいか、財産などがどうなっているか、など喪主をつとめる方にとって必要な情報が記入できるようになっています。“終活”は、親の世代の「葬儀で迷惑を掛けたくない」という一方的な思いだけでなく、エンディングについて家族で話し合うことで、自分の死後までを視野に入れた人生設計をしていくきっかけにできるのではないかと思いました。

次回は、10/13(金)午後7時より「もしもに備える(相続)」をテーマに、
町内の税理士 畔柳浩樹さんからお話を伺います。いろいろ質問にも答えていただけると思うので、この機会にぜひご参加ください。

※ 今回は、真宗の葬儀についても住職から少し説明させていただきました。
詳細についてはこちら
あいにくの雨となりましたが、皆さん熱心に聞いてくださいました。
参加者に配布された“エンディングノート”。第2回でもお話の中で参照します。今回来られなかった方にも差し上げます。
このノートは、全部記入する必要ななくて、記入できるところだけ書くだけでも、遺族にとっては故人を理解する手掛かりとなります。
デリケートな話題も、このノートが、家族で話し合うきっかけになるといいます。特に延命治療については、医師ではなく家族に判断が任されるそうなので、当人の意思を聞いておくことは大事だと思います。

秋季永代経法要がつとまりました。

【期日】平成29年10月1日(日)午前9:30~・午後1:15~
【法話】(午前)小栗貫次 師(西尾市 玉照寺 若院)
【落語】(午後)お好味家喜楽さん 碧南亭イッシーさん 京家あい愛さん

さわやかな秋晴れとなったこの日、午前・午後の日程で秋の永代経法要がつとまりました。年度初めに作って皆さんにお配りしている、当山の年間行事の一覧では、今回の午前の部のご法話は、境 昭英先生(刈谷市 泉正寺前住職)の予定でしたが、病気加療中ということで、法要の役僧さんとしてお願いしていた小栗貫次さんに急遽ご法話もお願いしてやっていただきました。この時期の土日は、季候が良いということもあって、皆さんがよくご法事を勤められるため、日にちが迫っている中で代理の講師を探すのはなかなか大変です。今回は、小栗さんが快く引き受けてくださったので、なんとか穴を開けずに午前のご法座をつとめることができました。

さて、今回は初の試みとして、午後の法要の後は、根崎町内在住の社会人落語家 お好味家喜楽さんと、お弟子さん2人による落語会を行いました。喜楽さんは、地元よりも根崎町外や安城市外でこれまで落語会や落語教室をたくさんされてきているのだそうです。これまでなかなか地元で磨いてきた落語の技を披露する機会がなかったので、今回のオファーについても快く応じていただくけました。

最近は、空前の落語ブームということで、テレビでもよく落語を題材とした番組を見かけるようになりましたが、この地方では間近で生の落語を見る機会はなかなかありません。ふだん、お寺のご法座ではあまりお顔を見かけない方の姿も何人かあって、皆さんもこの企画に期待してくれているのを感じました。私自身もとても興味深く、また期待して今回の落語会を拝見させてもらったのですが、出演者は三人三様で持ち味をいかした、期待を裏切らない素晴らしい出来でした。

特に師匠の喜楽さんは、落語に入る前の“枕”をしゃべりながらお客さんの反応を探り、その場で一番みなさんに受け入れられそうな話をされるという、プロ顔負けの技術があります。すっかりその場を自分のモノとしてしまう様子には驚かされました。また、とにかく言葉だけで相手に話の世界に入ってもらわなければならないので、言葉をはっきりと滑舌良くしゃべることの大切さを感じました。私も人前で話をする機会もたまにあるのですが、ついつい早口になってしまったりすることがあります。そういう意味でも人前で話すことの心構えなど、あらためて考えさせられる機会となりました。

皆さんの反応も良かったので、今後も落語会はぜひ続けていきたいと思います。今回お参りできなかった方も、まだ予定は未定ですが、次回にご期待ください!
師匠の喜楽さん。とても若々しい印象です。自分の世界に引き込んでしまう力はさすがです。
碧南亭イッシーさん。私(知見)とほぼ同年代です。若い頃は演劇をやっていたそうです。道理で声がよく通るはずです。
紅一点の京家あい愛さん。みよし市から電車で来てくれました。知立駅で西尾線と三河線をまちがえて乗ってしまったそうです(笑)
今回も永田や仏壇店さんの出張販売をお願いしました。こちらも若手を連れてきてくれました。

秋季教化委員会が開催されました。

【期 日】平成29年9月19日(火)午後7時~8時
【出席者】役員、寺世話方、本山世話方、婦人会役員、教化委員(26名)

ようやく秋らしく朝夕は涼しさを感じるようになったこの日の夜、寺の役職者の皆さんに集まっていただき秋の行事について協議していただく教化委員会を行いました。宝林寺では、秋と夏の2回、この教化委員会という会議をお願いしています。

今回の議題としては、毎年10月の夜に開催している、共同学習会についての説明と役割分担についてです。この共同学習会は、もともと前住職の発案で、寺の役職者や声明会の皆さんなど、日ごろ寺の行事に協力いただいている皆さんに、寺のお手伝いだけで任期を終えてしまうのは勿体ないので、学習の機会を持っていただきたいという事で、もう20年以上続けられています。役職者の皆さんの中には、まだ現役で仕事をされている方や、家庭の主婦の方も多いため、なるべく参加しやすいように、あえて夜の時間に開催してきました。以前は、年中行事の法要で法話をしていただいている僧侶の方々に講師をお願いしていましたが、ここ数年は安城市歴史博物館や半田市の新美南吉記念館の学芸員さんにお話をいただき好評をいただいています。

今回は、“終活”をテーマに、終活カウンセラーや、相続の専門家である税理士の方にお話いただく計画をしています。私も2回ほど終活講座を受講したことがあるのですが、平日の午後の開催ということもあって、参加者の顔ぶれは現役を離れた70代くらいの方が多かったように思います。今回は夜の開催なので、できれば40代50代の方にも参加いただけるといいなぁと考えています。大事だと思いつつも、なかなか真向かいになりにくい話題かと思いますが、葬儀社や金融機関の主催ではなく、お寺で開催することに意義があると思います。今回の企画では、私も住職の立場から、普段の葬儀では、時間の関係でなかなか詳しく説明することができない葬儀の意味や、儀式の中で何をやっているのかなどの解説もしていきたいと思っています。

また、昨年の夏頃よりこの「宝林寺ホームページ」を運営していますが、まだ認知度が低く、なかなか皆さんに浸透していません。そこで今回はプロジェクターを使ってホームページの宣伝もさせていただきました。最近の傾向でシニア世代の方々もインターネットに馴染んで、ネットショッピングやSNSなどを楽しまれている方も多いので、インターネットを通じて寺の情報も積極的にお知らせしていきたいです。これからもご支援ご協力をお願いいたします。m(_ _)m
お寺の会議なので、話し合いの前に正信偈同朋奉賛のおつとめをします。
宝林寺ホームページを紹介しているところです。

岡崎教区第15組 門徒会上山奉仕研修

【期 日】平成29年9月13日(水)・14日(木)の1泊2日
【会 場】真宗本廟 和敬堂 ほか
【教 導】池田 徹 師(三重教区)
【補 導】高力邦円 師(山形教区)、一柳淳徳 師(名古屋教区)、治田義章 師(京都教区)

9月とはいえ強い日差しが眩しいこの日、3年の任期中に一度おこなっている、岡崎教区第15組門徒会の上山奉仕研修に参加してきました。門徒会員の他、組内住職・坊守・一般参加者など、総勢22名の大所帯となりました。
今回は、ちょうど普段、上山奉仕の会場となっている同朋会館が修復工事をしており、和敬堂という新しい施設で結成式や食事、入浴などをしたのですが、講義・座談は時間の都合で、ミニ諸殿拝観の合間に表小書院や白書院でおこないました。また宿泊は本山を出て飛騨詰所と砺波詰所になるなど何かと変則的で、徒歩での移動距離は相当なもので、とても疲れました。それでも、普段よりも時間の余裕がたっぷりあるので、門徒会の皆さんや教導・補導の先生ともいろいろな話ができてよかったです。

特に池田先生は、私が専修学院というお坊さんの養成学校に行っていた頃からの知り合いで、懐かしい話もたくさんできました。いつも思うのですが、本山に来ると、懐かしい顔や思いがけない人に遇ったりと、ここでしか味わえない不思議な感覚があります。

二日目の清掃奉仕では、皆さんのリクエストで新しく修復されたばかりの御影堂門に上ることができ、皆さんも滅多に拝見することのできない釈迦如来像を見て感激しているようでした。

午前中に解散式を終えて、昼食は渉成園(枳穀邸)で、泉仙の「鉄鉢料理」といわれる精進料理(3,800円)で、ちょっとリッチな一時を過ごすことができました。その後、東山の将軍塚にできた新名所、青蓮院青龍殿の舞台から見える素晴らしい眺望を堪能し、帰途につきました。

講義座談は、
今回は日程の関係でとても時間が短くて少し残念でしたが、池田先生が用意してくださったレジュメより、気になった一文をご紹介します。

『人生列車』(作:吉川英治)
発車駅の東京も知らず、横浜もおぼえがない。丹那トンネルを過ぎたところで、うす目をあける。静岡へんで突然、乗っていることに気づく。そして名古屋の5分間停車のあたりから、窓の外を見てキョロキョロしはじめる。この列車はどこへ行くのかと慌てだす。もしそんな乗客がひとりでもいたら、みな吹き出すにきまっている。その無知な乗客を哀れむにちがいない。ところが、「人生列車」は全部の乗客がそれなのだ。

吉川英治の代表作は『宮本武蔵』でしょうが、彼は『親鸞』も書いています。もと新聞小説だったので、連載中はさまざまな反響が読者から寄せられたそうです。中でも辟易したのは、真宗の坊さん達からの、小説で語られる真宗の教えについての細かい批判だったそうです。そういう人、今でもいっぱい居そうです。(-_-;)


もう一つ、池田先生のレジュメより。

今、あなたは何時ですか?
仮に人生を80年とし、それを1日24時間で考えた時。

40歳は昼12時  42歳は昼12時36分  45歳は昼1時30分
48歳は午後2時24分  50歳は昼3時  53歳は午後3時54分
55歳は夕方4時30分  60歳は夕方6時  65歳は夜7時30分
70歳は夜9時  75歳は夜10時30分

必ずしも80歳まで生きられる保証はありませんが、一つの目安にはなりそうです。これから秋の深まりと共にどんどん日も短くなります。うかうかしているうちに、あっという間に夜になってしまいます。お互い限られた時間を大事に過ごしたいですね。
新しくできた和敬堂です。
講義・座談は日程の関係で表小書院で行いました。
清掃の場所はいちばん人気の御影堂門でした。
門の2階部分に安置されている釈迦如来像。脇にいるのは手前が阿難尊者、見にくいですが向こう側は弥勒菩薩です。

婦人会秋季彼岸会がつとまりました。

【期 日】平成29年9月12日(火)
【法 話】稲前 恵文(いなさき さとふみ)師(岡崎市 本光寺住職)

この日はあいにくの雨模様の中、婦人会秋季彼岸会が勤まりました。婦人会役員さんたちは、日曜のおみがき奉仕、月曜のお斎準備と本堂のお華立てにつづき、早朝よりお寺に集まって昼食の準備などをしてくださいました。

2年の任期も後半になってきて、みんなで協力し合いながらの食事準備もすっかり慣れた様子で、お昼には、ちらし寿司とお吸い物、副菜に加えてデザートのコーヒー寒天まで、どれも美味しく作っていただきました。丁寧な仕事をしていただき、どうもありがとうございました。

今日は午前・午後とも、おつとめの後、稲前恵文先生にご法話をいただきました。稲前先生のご法話は、10年ほど前からだと思うのですが、あらかじめ原稿をパワーポイント(プレゼンテーション用のパソコンソフト)で作成しておいて、プロジェクターでスクリーンに投影するという方法でやっていただいています。板書の場合は、短い文章や簡単な図を描くのが精いっぱいですが、この方法だと、まるで大きな紙芝居のように、長めの文章や、画像なども次々と画面を切り替えて投影していけるので、相当な情報量となります。

難しい言葉の註釈も必要十分に施してあって、まさにかゆいところに手の届くという言葉がぴったりです。ここまでパソコンで作り込んで法話をする先生は、おそらく全国的に見てもあまり多くないと思われます。稲前先生の、時おり笑いの要素も入った軽妙な話術もあって、午後からのご法話も、午前とほぼ変わらない人数の方が聴聞してくださいました。
法話のテーマは、『たまわる信心 ~私のすがた・仏さまのこころ』でした。
「信心をいただく」というと、一見、日常とは関係ない何か特別なことのように思いますが、あるがままの自分自身の姿を知らされるということと別ではありません。仏さまの智慧の光が私に届いたということは、「~でなければならない、~であるべきだ」という私のこだわりが、「私の勝手な思い込みに過ぎなかった」と知らされたことなのでしょう。しかもこれには「私の周りの人は、そんな私を見捨てずに、今まで付き合ってくれていたのだ!」という驚きも伴います。

このことは実はそんなに特別なことではなくて、多くの方がしばしば経験済みのことなのです。しかしこの“驚き”が、真宗でいう信心と関係があるということは、やはり聞かせてもらわなければ、なかなか分からないでしょう。またある程度、聞法の回数を重ねて真宗的な発想に慣れることも必要だと思います。聞いたことを忘れてしまうのを苦にする必要はありません。いろんな先生のお話を聞く中に「そういえば、あの先生も同じようなことを言っていたな」と思い出すこともあるでしょう。真宗の聞法は、教えを聞いて、その知識を身に付けて立派な者になっていくという話ではありません。分かっても分からなくても聞法を続けていく。このことの大切さをあらためて思います。

それにしても稲前先生は、お参り先での出来事や、家族とのやり取りをよく観察しているなぁと感心します。日々の暮らしの中の、何気ない出来事なんですが、「あぁ、そういうことってあるよね」と誰もが共通体験を持っているようなお話です。なので幅広い世代の方に聞きやすく、あっという間に時間が経ったという感じでした。特に若い方にもとてもオススメの先生ですので、来年度も年間行事予定のどこかのご法座でお願いする予定です。ぜひお参りしてくださいね!
あいにくのお天気でしたが、それでも大勢の方にお参りいただきました。
稲前先生のご法話は、聞く側に立った視覚に訴える手法でとても分かりやすいです。
きれいなちらし寿司。婦人会の皆さんが、早朝より準備してくださいました。
ほっと一息。おつかれさまでした。

おみがき奉仕をしていただきました。

【期 日】平成29年9月3日(日)午前8:00~9:00
【担 当】婦人会役員・21~27班(西根)の連絡員さん

9月に入り、朝などは寒いくらいの気温で、急に秋の気配が感じられるようになりました。この日は早朝より、秋の行事に向けて婦人会役員さん達に、おみがき奉仕をしていただきました。仏具のおみがきは年に4回ほどお願いしていますが、3ヶ月に一度くらいのペースで磨くと、真鍮製の仏具も酸化の進み具合がそれほどでもないので、比較的短時間できれいに磨き上げることができます。金属磨き“アルボン”を少量ウエスにとって磨いた後、最後に新聞紙で仕上げ磨きをしていきます。ピカピカになった仏具は、まるで本物の金のようです。これで秋の行事が迎えられます。婦人会の皆さん、ご協力ありがとうございました。
婦人会の皆さんによって手際よく、仏具が磨かれていきます。
ピカピカに磨き上げられた仏具たち。
作業の後は、お茶を飲みながらの談笑のひととき。
先日、京都で購入した生八つ橋をみんなで食べました。青リンゴと桃の餡がそれぞれ入った新作です。

共同学習会②

【期 日】平成28年10月18日(火)午後7時~9時
【講 師】遠山光嗣 師 半田市新美南吉記念館学芸員

先週に続いての共同学習会の2回目、「南吉と戦争」と題し、遠山先生にお話を伺いました。南吉が安城高等女学校の経師をしていた昭和13年から17年の間は、(南吉25歳~29歳)日本は日中戦争(昭和12年7月~)から国家総動員法公布(昭和13年4月)、太平洋戦争(昭和16年12月8日~昭和20年8月15日)へと突き進んでいった時代とぴったり重なっています。
有名な『ごんぎつね』(昭和6年、南吉18歳)や『手袋を買いに』(昭和8年、南吉20歳)は、彼がまだ若い頃の作品ですが、私が好きな『百姓の足、坊さんの足』や『花のき村と盗人たち』(昭和17年、南吉29歳)は、まさにこの時代に書かれた作品です。激動の時代に、よくこんな美しい作品が書けたものだと感心します。
そんな彼の、戦争との向き合い方はまさに「葛藤」という言葉がふさわしいものでした。公立学校の教師という立場上、正面切っては戦争を批判できなかったり、作家としては、出版してもらうためには、時代を慮って表現を変えざるを得なかったりなどがあったそうです。
しかし、日米開戦の日(昭和16年12月8日)の日記には、

いよいよはじまったかと思った。何故か体ががくがく慄(ふる)へた。ばんざあいと大声で叫びながら駆け出したいような衝撃も受けた。(中略)ラジオは終日ニュースの間に軍歌を奏しつづけた。まるでお祭り気分で戦争に入っていった。
 
とあります。「軍事教練なんかくだらない」と普段思っていた彼も、なんともいえない高揚感の中で開戦を迎えたようです。漫画家の小林よしのりが書いた『戦争論』に、『智恵子抄』の高村光太郎が、この日に読んだ詩が紹介されていて、かなり驚いたことがあったのですが、当時の人は、開戦の日をこのような思いで迎えたのかと思いました。

『十二月八日』   高村光太郎
記憶せよ、十二月八日。
この日世界の歴史あらたまる。
アングロ サクソンの主権。
この日東亜の陸と海とに否定さる。
眇〔びょう〕たる東海の国にして
また神の国たる日本なり。
そを治〔しろ〕しめたまふ明津御神〔あきつみかみ〕
世界の富を壟断〔ろうだん〕するもの、
強豪米英一族の力、
われらの国に於て否定さる。
われらの否定は義による。
東亜を東亜にかへせといふのみ。
彼等の搾取に隣邦ことごとく痩せたり。
われらまさに其の爪牙〔そうが〕を摧〔くだ〕かんとす。
われら自ら力を養ひて ひとたび起つ。
老若男女みな兵なり。
大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。
世界の歴史を両断する
十二月八日を記憶せよ。
 
この詩を書いた時、高村は59歳だったそうです。当時の大人がこれだけ昂揚した詩を書くくらいですから、若い南吉も当然、この熱狂の渦に飲み込まれたのではないでしょうか。

それから、驚いたのは、南吉作品の中でも反戦色の強い『ひろった らっぱ』(昭和10年執筆、南吉21歳。発表されたのは南吉死後の昭和23年)の絵本が、今年の4月にあらたに出版され、最初の原画展を沖縄でおこなったのだそうです。
この作品は、戦場で手柄をたてようと出かけた男が、途中で戦争のために田畑を荒らされて打ちひしがれている村人の姿を見て、戦争に行くのは止めて、ラッパを吹いて村人を励ましながら復興への手助けをするという話です。沖縄は今、米軍基地の問題で激しく国と対立していますが、この作品の世界は決して過去のことではありません。
遠山先生が、おっしゃっていた「ラッパは、人々を鼓舞して戦争に駆り立てる道具にもなるけれども、この作品のように、人々を励まし勇気づけることもできる、それをどう使うかは我々次第」という言葉が印象的でした。
最近読んだ、『愛国と信仰の構造』(集英社新書 中島岳志・島薗 進 著では、戦時中、日本が全体主義に突き進む中で、親鸞主義者と日蓮主義者が大きな役割を果たしたとの記述がありました。仏教者を自認する人が戦争を推進していく思想の設計に当たり、その根幹部分に真宗の絶対他力の考え方や、日蓮主義者の「八紘一宇」というスローガンが取り入れられていったことなど、改めて宗教と戦争の関わりを考えさせられたのですが、『ひろった らっぱ』を読み解く遠山先生の話にも、同じ感銘を受けました。

たとひ僕の肉体はほろびても君達少数の人が(いくら少数にしろ)僕のことをながく憶えていて、美しいものを愛する心を育てて行ってくれるなら、僕は君達のその心にいつまでも生きているのです。(昭和18年2月9日「佐藤好子宛書簡」)
 
時代を超えて読み継がれる多くの美しい童話作品を残した新美南吉。今回、遠山先生とのご縁で、戦争と向き合い葛藤しつづけた一人の青年としての姿を垣間見ることができました。29歳と7ヶ月という短い生涯ではありましたが、多くのすばらしい出会いにも恵まれ、内容の濃い一生であったといえるのではないでしょうか。
時代の閉塞感から過激な考え方が一定の支持を得たり、憲法改正に前のめりな現政権の状況をみると暗澹たる気分になりますが、次に続く世代の為にも歴史に学び、同じ過ちを繰り返さない責任があると思いました。  合掌
今年の4月に新たに出版された『ひろった らっぱ』
お寺の梵鐘(つりがね)が集められ供出されるところ。『ごんごろ鐘』の題材になった当時のエピソードです。
浅岡由次さんの美しい写真。このあたりにまだ野生のキツネが生息していたとは驚きです。

共同学習会①

【期 日】平成28年10月11日(火)午後7時~9時
【講 師】遠山光嗣 師(半田市 新美南吉記念館 学芸員)

毎年この時期に開催している恒例の「共同学習会」。今年は「南吉が安城にいた頃」と題し、安城とも縁の深い児童文学作家の新美南吉を取り上げました。今年は、いつもより気合いを入れて『安城ホームニュース』や中日新聞の「宗教トピック」にも告知をしてもらったこともあり、根崎町内だけでなく市内一円、遠くは名古屋市からも足を運んでくれた方もあり、例年以上に充実した一時を過ごすことができました。
正信偈のお勤めの後、講師の遠山先生より丁寧なレジュメと、プロジェクターで貴重な写真を示しながらお話いただきました。静かな語りの中にも熱があり、引き込まれるものがありました。お話を聞いて、南吉の短い生涯(29歳7ヶ月で逝去)は、幼少期から常に悲しみや寂しさと共にあったのだと思わされました。南吉作品の持つ独特の優しさは、深い悲しみや孤独を知っている彼だからこそ紡ぎ出すことができたのではないでしょうか。

第1回目の今回は「南吉と安城 ~人恋しい南吉を癒やした町~」というサブテーマで、家庭や健康など、決して恵まれていたとは言えない彼が、安城高等女学校に奉職し、そこで出会った様々な人たちとの交流が、精神的に彼を支えていたのだろうという内容でした。それだけでも、安城市民として誇らしく、聞かせてもらって良かったと思います。

今回のお話で気になった点として、南吉の苦難の時代のことです。南吉が安城高女に来る前、半田の杉治商会という大きな飼料会社に勤めていました。当時の杉治商会は国内シェアトップの飼料メーカーでした。この会社の給料の体系は、独身の社員からは給料のうちから強制的に天引きして貯金をさせるという仕組みだったようです。社長の杉浦治作(碧南市出身)は、独特な人間育成の持論を持っており、「若者はお金をたくさん持たせると無駄遣いをしてしまうから、結婚するまでは会社が社員に代わって貯蓄してあげて、結婚後は給料をアップする」という方針だったそうです。この時代の南吉は会社の寮に住んでいたためお金が少なくても生活は出来たのですが、会社に管理された日常や人間関係、現金収入を得て本をたくさん読みたい南吉にとっては、この環境は合わなかったようです。

人間は皆エゴイストである。常にはどんな美しい仮面をかむっていようとも、ぎりぎり決着のところではエゴイストである。─ ということをよく知っている人間ばかりがこの世を造ったらどんなに美しい世界ができるだろう。自分はエゴイストではない、自分は正義の人間であると信じ込んでいる人間程おそろしいものはない。かゝる人間が現代の多くの不幸を造っているのである。(昭和12年10月27日 南吉24歳)

当時の日記には、このような記述があります。いま読んでも大きく頷かざるを得ない内容で、人間は昔から同じことをずっと繰り返してきたのだと改めて思いました。

次回は10月18日(火)午後7時~9時。「南吉と戦争」という講題で第2回を開催します。ぜひご参加いただきたく、ご案内申し上げます。
20年以上南吉と向き合ってきた遠山光嗣先生のお話は、とても引き込まれるものがありました。、
この地域に生息する野生のキツネの貴重な写真を浅岡由次さんから提供いただきました。

秋季永代経法要

【期 日】平成28年10月4日(火)
【講 師】稲前恵文 師(岡崎市本光寺住職)
台風18号の影響か、10月としては珍しく、摂氏30度近くまで気温が上がったこの日、午前・午後の日程で秋季永代経法要がつとまりました。読経に続き皆で正信偈を唱和し、稲前恵文(いなさきさとふみ)師よりご法話をいただきました。
稲前師は、ここ数年パワーポイント(黒板を使わずに、パソコンであらかじめ作っておいた資料を、紙芝居のように次々にスクリーンに投影する方法)を使って法話をするという取り組みをされています。私が見るところ、この方法で法話をされる講師としては、全国でも屈指のクオリティーの高さではないかと密かに思っています。
パワーポイントを使った法話の特徴として、圧倒的な情報量という点があげられます。話を聞いただけでは分かりにくい言葉は、普通は黒板に書いて誤解の少ないように配慮するわけですが、画面の切り替えで一瞬にして長い文章も映し出せるというのが大きな利点といえるでしょう。
今回のお話の中では、先日亡くなった放送作家の永六輔さんの最期のことばを紹介していただいたのですが、こういう文章でした。
“淋しさには耐えられる
悲しみにも耐えてみよう
苦しさにも耐えてみて
耐えて耐えて
耐えられないのは虚しさ
虚しさ 空しさ
虚しさが 耐えられるのは
ともだち あなた 戦う心”
永 六輔

永さんは長年、ラジオで『あなたと どこかで』という番組をされていましたが、晩年はパーキンソン病を患い、ろれつが回らず喋るのも困難な様子でした。そのことで「ラジオなのに耳障りな放送をするのはいかがなものか」との批判の声もあったようですが、こういう思いを秘めながらの活動であったのかと思いました。
今回の稲前師のお話とは直接関係はないのですが、最後の「戦う心」というのが気になり、ネットで調べたところ、NHKの『クローズアップ現代』で、永さんの追悼特集が放映された時の文字起こしされたものがあって、そこに面白いエピソードを見つけたので、転載させていただきます。

歌手 加藤登紀子さん
「永さんに『戦う心』って珍しいでしょ。
でも、返すようだけど、永さんこそ、本当に戦った人ですね。
楽しくないすべてのことに対してですよ。
人々を笑わせないようにする、人々を惨めにさせる、命を台なしにする。
すべてのことに対して、戦った人ですよね。」
虚しさに耐え、戦う。
永さんは言葉を武器に、それを貫きました。
 (中略)

ー 遠藤恭子さんとの『あなたと どこかで』の収録で ー
永六輔さん
「くり煎餅知ってる?」
遠藤恭子さん
「くり煎餅? くりのお煎餅?」
永六輔さん
「駄菓子に近いんだけど、くり煎餅っていう煎餅があるの。
くりの形してんの。
ところが、このくり煎餅にはくりが入ってないの。
『入ってないのにくり煎餅って言うのはおかしい』って公取(公正取引委員会)から入ったんですよ。
くり煎餅屋さんは困って『永さん、何とかしてください』。と言ってきたんですよ」
「お役人と闘うってこういうことかと思った。
僕も交渉に行きました。
うぐいす餅って、うぐいす入ってませんよ。
キリンビールって、キリン入ってませんよ。
ブルドックソースって、ブルドック入ってませんよって。
お役人が法律を決めるときに、文化っていうことを考えないってこと。
零細企業ですよ、くり煎餅屋さんなんて。」
遠藤恭子さん
「変だなと思ったら、それは『変だ』って声をあげなさい。
変なのに黙っているのは、それこそおかしいんじゃないかい?
(永さんは)いつも思ってた。
なんかわからなくても、ちょっとわかったふりして過ぎていってしまうようなことがあるじゃないですか。
永さんは、それ絶対なさらなかったんですよね。」

「永代経」とは、「永代(自分の亡き後)にわたって仏法が説かれ、後の世でも仏法にふれて、みずからの尊さや掛け替えのなさに目覚める人が現れ続けて欲しい」ということで伝統されてきた行事なのだと思います。この事は一つの仏教行事ということに留まらず、具体的な私たちの生活の場面でこそ問題となる事なのでしょう。「戦う心」という一語にあらわされているのは、このことに気付いたたった一人の小さな行動なのだと、永さんのエピソードから教えられたような気がします。
正信偈のおつとめ。この日は声を出すと汗ばむほどの蒸し暑さでした。
稲前恵文 師 とても丁寧なお話で、みなさんも大きく頷かれていました。
お斎(食事)も大事な仏事の一部です。お互いの近況を尋ねほっと一息。
この日は食後の休憩時間に、最近坊守が習い始めた「ミニお琴体験会」もやってみました。

秋季教化委員会

【期 日】平成28年9月22日(木)PM7:00~8:00
台風16号の接近により 、当初の予定を変更し、お彼岸の中日の夜に「秋季教化委員会」を行いました。
この日も雨模様でしたが、役員・寺世話方・本山世話方・婦人会役員・教化委員の皆さんら20数名に集まっていただき、この秋に計画している「共同学習会」の打合せなどをしました。参加者への呼び掛けと取りまとめ、当日の役割分担などを確認していただきました。
また寺世話方さんには、毎年この時期に依頼させて頂いている修繕事業費のお集めもなどもお願いしました。
このように寺の活動は多くの皆さまのご協力により支えられています。感謝。
お寺の会議なので、まずは正信偈のおつとめから始めます。
この日は、プロジェクターを使い、宝林寺ホームページの説明も行いました。

婦人会秋季彼岸会

【期 日】平成28年9月13日(火) 9:30~、1:15~
【講 師】安藤智彦 師(碧南市安専寺住職)
前線の影響で、一日中はっきりしない空模様だったこの日、「婦人会秋季彼岸会」がつとまりました。午前・午後ともお勤めの後、安藤先生よりご法話をいただきました。
「仏事に教えられること」というテーマで、彼岸(浄土)からの光(智慧の念仏)に照らされることにより、はじめて此岸(娑婆)が闇(自分中心の心により深い迷いをみずから作り出している)であることを知らされるということを、いろんな例を引きながらお話いただき、皆さんも真剣に聞き入っておられました。
中でも特に印象に残ったのは、14組(碧南市の大谷派寺院のグループ)で20年ほど前からおこなっている「こころの元気塾」という継続的な学習会の参加者で、当時40代くらいのご夫婦のお話でした。突然の事故で大事な息子さんを亡くされて悲嘆に暮れていたところ、お手次の住職から「こういう会があるから参加してみないか」と誘われたのがきっかけで、元気塾に参加しはじめたそうです。
初めて参加した元気塾で、皆でお勤めをした後、講師のお話で、「仏法は心の癒やしではなく、事実を事実として受け止めていく教えです」と聞かされ、奥さまは「何を言われているのか、さっぱり分からない」と途方に暮れてしまい、ご主人はといえば「癒やしをこそ求めて参加しようと思ったのに」と反発をされたそうです。
ところが意外なことに、ご夫婦とも分からなさや反発を抱えながらも、その後も元気塾に参加し続けたのだそうです。「分からなさというのも一つの聞法を続けていく原動力になるということを二人の姿から教わりました」と安藤先生は仰っていました。
ある時、元気塾の仲間20名ほどで、マイクロバスで京都の本山へ上山奉仕をする機会がありました。皆さんで帰敬式(ききょうしき)を受けて帰るバスの車中、塾長の提案で「せっかくだから、みんな一言ずつ感話をしようじゃないか」ということになったのだそうです。皆がそれぞれ感話をされた最後に、この奥さまの番になり、少し考えて「自分も、息子と同じ“釋”の名前をいただいたことが何より嬉しいです」と仰ったそうです。「その時の情景を思い出すと、今でも胸に迫るものがあります」と安藤先生も少し声を詰まらせてみえました。このご夫婦は、気がついてみたら亡き息子さんに導かれるようにして仏弟子となり、聞法する生活が身についていたのでした。
また「心の元気塾」の存在も、二人の歩みを支える大きなはたらきをしてくれていたのでしょう。“場の力”というか、念仏者を生み出すはたらきを「サンガ」というのかなぁと改めて知らされました。
こういうことを、きっと「不思議なご縁」というのでしょうね。

 「帰敬式(ききょうしき)」。“釋”の一字が入った法名をいただき、仏弟子となる儀式。私(住職)も「釋 知見」(しゃく ちけん)という法名をいただいています。現在は、本山(東本願寺)だけでなく、別院や一般寺院でも帰敬式が受けられます。関心のある方は、宝林寺までお問い合わせください。
お斎(食事)の準備風景。おいしいちらし寿司をありがとうございました。
講 師 安藤智彦 師(碧南市 安専寺住職)
蒸し暑く、快適とはいえない日でしたが、皆さん真剣にお話に耳を傾けておられました。

おみがき奉仕

【日 時】平成28年9月11日(日) 8:00~
【会 場】宝林寺本堂
【参加者】婦人会役員さん、北根1~7班の連絡員さん

夏の暑さもようやく和らいできたこの日、早朝より本堂にて仏具のおみがき奉仕をしていただきました。お寺の仏具は大きくて数もあるので大勢で手分けしてやっていただくのですが、作業しながら世間話(噂話?)に花が咲き、和気藹々とした雰囲気の中、1時間ほどで仕上げていただきました。

昔読んだ雑誌の相談コーナーで、「彼女と初めてデートするのに、食事はどういうお店に行くのがいいでしょうか?」との質問に、作家で天台宗の僧侶でもある今東光は、「自分で作るお好み焼き屋にしなさい。共同作業しながらなので口下手でも間が持つし、気取らない相手の素顔も見られるから」と回答していたのを思い出します。

ご近所同士でも、近頃はお互い生活リズムが違うし、なかなか気軽に世間話もままならない状況です。お寺の行事に限らずですが、おしゃべりを交えて軽めの作業をしながら、お互いの近況をさりげなく確認できるこういう機会は、実はとても大事なことなのではないかと最近感じています。 

担当の皆様、ありがとうございました。
おしゃべりしながらも、手は休みません。皆さん良く心得てみえます。
この日は、たまたま外トイレの掃除当番さんも来てくださっていました、お客さん好きのさくらも登場です。
ピカピカに磨き上げられた仏具たち。これから秋の行事に活躍してもらいます。
作業を終えてティータイム。お疲れさまでした。
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