葬儀について

真宗の葬儀について

※ 平成29年の“終活”をテーマとした共同学習会において、事前の打ち合わせで終活カウンセラーの伊藤さんに、宝林寺の考える真宗の葬儀について説明させていただいた文章です。


通夜法要で、おかみそりの前に説明していること 

 

1.開式に先だって「おかみそり」を執り行います。 

 

2.「おかみそり」とは、お釋迦さまの「釋」の一字をいただいて仏弟子(ぶつでし)となるという意味です。

 

3.「仏弟子」とはどういうあり方かというと、私たちが生きていくということは、自分にとって楽しいことや都合の良いことばかりでなく、辛いことや悲しいことにも出遭っていかなければなりません。その楽しいことも、辛いことも、その両方を平等に受け止めて、そのことを通して自分自身の生まれた意義や、生きる喜びを見出していくということを、生涯の課題としていくという生き方です。

 

4.その意味で、本来は生前に法名を受けるのが正式ですが、現在はお通夜・お葬式のおりに法名をいただく場合が多いです。ですから今回の御葬儀で大切な方をお送りする私たちは、故人の生き様が、仏弟子として、生涯の課題に向き合った尊い御一生であったと受け止めつつお送りしましょう。

 

5.通夜法要の式次第の説明

正信偈、念仏和讃、回向 願以此功徳 法話 (所要時間 約40分)

 

6.真宗大谷派のお念珠の持ち方、合掌の仕方、お焼香の仕方の説明

 

 

通夜法要の後の法話の内容

 

仏教でお葬式をつとめることの意義として、二つの大事な柱があります。

1.まず、その方が幾つで亡くなったとしても、最期どのような亡くなられ方をされたとしても、故人の歩まれた尊い御一生に対し「ご苦労さまでした」と虚心に頭を下げていくということ。

 

2.次に、残された私たち一人ひとりの問題ですが、亡くなった方に対し「あたなの死を決してムダにしません」と心新たに一歩ふみだしていくこと。

 

以上の2点が整うということが大事です。だから、お葬式はお別れの儀式であるだけでなく、私たち一人ひとりが仏さまと共に歩み出していく新たな始まりの儀式であるという意味があります。

日ごろ忙しく、なかなか自身を振り返る時間が無い私たちですが、今日明日と、亡き人からの「生まれてきて良かったといえる人生を送ってほしい」というメッセージに静かに耳を傾けつつ、過ごしていきましょう


葬儀式について 

 

・真宗の葬儀と、その他の宗旨の葬儀のいちばんの違いは、葬儀の中で「受戒・引導」という儀式がないことです。 

「受戒がない」→在家仏教なので、戒(仏弟子の守るべき生活規範)を守ることを条件としないからです。

おかみそり(帰敬式)を受けて「法名」を名乗ります。

「引導がない」→僧侶を含めて、人間には他の人をお浄土へ送ってあげる能力はないという考えに基づいています。「お浄土へ迎え取るのは、阿弥陀如来の“えらばず・きらわず・みすてず”というはたらきである」という考え方です。往生(おうじょう)即(そく)成仏(じょうぶつ)で、誰でも命終えた時、阿弥陀如来のはたらきにより即時にお浄土へ往生し、仏さまと成らせていただけるのです。

・もう一つ、真宗の葬儀では“友引などの日柄えらぶといった迷信・俗信にたよらない”ということも特徴です。清め塩も必要ありません。仏教では亡き人は「仏さま」であるといただくので、決して生者に対してバチやタタリを及ぼす鬼神(きじん)ではありません。

 

・現在、宝林寺の執り行う葬儀では、便宜上、3つの儀式を一つの会場で行っています。(所要時間は40分~50分)

① 棺前勤行(かんぜんごんぎょう)→本来は、ご自宅の仏間でつとめる法要です。お内仏のご本尊に「お世話になりました」とご挨拶します。

※ 内容 勧衆偈・念仏・回向

② 葬場勤行(そうじょうごんぎょう)→この部分が「葬儀」です。亡き人を葬送することをご縁として、仏さまの徳を讃嘆(さんだん)させていただく儀式です。

※ 内容 導師焼香・表白・(弔辞)・正信偈・和讃・回向

この後、花替えとロウソクの交換をします。

その間に弔電の奉読があります

 

③灰葬勤行(はいそうごんぎょう) → 本来は火葬場へ移動して、点火する前におつとめします。

※ 内容 三誓偈・念仏・回向

 

・宝林寺では、ご遺体の収骨の後のおつとめを一般的に用いられている初七日法要(しょなのかほうよう)という名称をつかわずに、還骨法要(かんこつほうよう)と言っています。後日、初七日法要(命終から6日目)を自宅でおつとめするので、ここで「初七日」という言葉を使うと重複して紛らわしいからです。

※ 内容 仏説無量寿経・正信偈同朋奉讃・白骨の御文・法話

(所要時間は約50分)



中陰(七日参り)と忌明法要について

平安時代以降、『十王経』という死後の旅路の物語が世間にひろまりました。いわゆる三途の川や閻魔大王が出てくるお話です。 この世とあの世の境目を「中陰」といい、初七日・二七日・三七日~七七日(四十九日)と七日ごとに、7人の裁判官が死者の生前の行いを裁判にかけて、死後の生まれるべき世界を定めるという構成です。(中陰の7回に加えて、100ヶ日、一周忌、三回忌(命終の2年目)の3つで十王です。)本来 忌明は四十九日ですが、このあたりの真宗のお寺では、三十五日までに省略してつとめる場合が多いです。

他宗においては、七日ごとに残された家族や縁者が集まって法要をつとめ、いわば裁判官に対して情状酌量の嘆願をするというような意味合いで七日参りがつとめられてきています。こういう考え方を「追善(ついぜん)供養(くよう)」(死者の冥福を祈ること)といいます。ちなみに五七日の担当の裁判官が閻魔大王です。

しかし真宗においては、「仏弟子は死後に迷うということはなく、即時に阿弥陀如来の極楽浄土へ往生する」という考え方なので、追善供養の必要はありません。

 

では、なぜ七日参りをするかというと、大切な方を亡くされたということは、そのこと自体がとても大きなショックで、大きな日常の変化をもたらします。中陰の期間は、亡き大切な方を近親者と共に偲び、励まし合いつつ。亡き人からの「命にはかぎりがあるのだ。かけがえのないあなたの人生を、どうか悔いのないようにしっかり生きてくれよ!」という願いとして受け取っていくための大切な時間です。供養ということが、亡き人のために何かできることをさせていただくという意味だとするならば、亡き人の死を通して、私自身が生きていく上で大切なことを教えられ、新たな生き方が始まっていくということが、亡き人が本当に喜んでくれることではないでしょうか。

 

もう10年以上も前のことですが、あるご家庭で、90代後半で亡くなった喪主の方のお母さんの葬儀の後、七日参りのたびごとに兄弟や親族を集めて一緒にお参りしたあと、毎回ごちそうを用意して宴会が行われました。

三十五日のあと、酔っ払いながら、「この年になっても母親を亡くすのは、本当に辛い。でも毎回みんなと一緒にお参りして、その後いっしょに食事して酒を飲んで色々な話ができたことによって、何とか寂しさに堪えられた。みんな付き合ってくれて有難う!」といわれました。年をとった方の葬儀では、どちらかというと淡々と忌明法要までつとめられるご家庭が多いです。この場合はまれなケースかもしれませんが、大切な方を亡くされたショックの大きさを、私自身が考えさせられた貴重な経験でした。

 

内容 仏説阿弥陀経・正信偈同朋奉讃・御文(所要時間約40分)

お寺や自宅を会場にした葬儀ができます。

ここ根崎町では、以前、町内に葬具組合という互助会的な組織があって、自前の祭壇を所有していました。葬儀となると、組合の係の方がお寺や自宅にその祭壇を持ち込んで葬儀を執り行うという方法が主流でした。もちろん葬儀社も入るのですが、隣組や葬式組といった近所の方に、食事の支度や受付、駐車場係、会計などもやってもらったりしていました。新しくお嫁に来た若い方も、食事の支度を通じてご近所の仲間入りをしたり、帳場では地域の長老が礼服を着込んで、いきいきと若手に指示を出したりして、ある意味で活気すらありました。

現在は、安城市の総合斎苑や、民間の葬儀ホールでお通夜・葬儀をおつとめするのが主流となったため、町内の祭壇は需要がなくなり、残念ながら葬具組合は10年ほど前に解散しました。

しかし近年、平均寿命が延びた影響で、喪主をつとめる方も定年を過ぎていたりするので、以前よりも会葬者は減少傾向です。また「家族葬」という比較的少人数で執り行う葬儀も増えてきた為、大きなホールを会場にする必要がなくなり、葬儀ホールでも少人数の「家族葬専用ホール」というものが主流となりつつあります。

さらに少人数の場合、ここ最近は自宅やお寺でお通夜・葬儀をつとめたいという要望も少しずつ出てきました。いわば昔ながらの葬儀に回帰しつつあるような印象です。


自宅やお寺を会場とする場合、祭壇の規模が小さいので、ご遺族にとっては費用を抑えられるというメリットがあります。しかし葬儀業者にとっては、手間がかかる割りに請求できる費用が少ないので、あまり歓迎する雰囲気はなくて、自前のホールでの葬儀を勧められる場合が多いように感じます。

親族でよく話し合い、多少の手間がかかっても、自宅やお寺を会場としたいということであれば、その場合は住職も葬儀社との間に入り、意向に沿う方向で葬儀ができるよう調整させていただきます。また、事前にお寺や葬儀社に、自宅やお寺で葬儀をつとめたいということをご相談いただければ、よりスムーズに進められるかもしれません。一度ご家族で、どういう葬儀をつとめたいか話し合ってみることをおすすめします。
今回は少人数だったので、本堂ではなく庫裏で葬儀を行いました。
野卓(のじょく)と呼ばれる真宗の伝統的なお荘厳。シンプルですがごてごて飾り立てるよりもすっきりしていて清潔感があります。
火葬場へ出棺の様子。お寺からは15分くらいの距離です。
還骨法要のお荘厳。ふだんの忌明法要とほぼ同じお飾りの仕方です。
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